アメリカ、ニュージャージー州北部で駐在ママが中心になって活動するサークル「たんぽぽ」主催のフォーラム報告から許可をいただいて転載しています。


NJ日本人学校校長


マリッジ&ファミリーセラピスト

笑い笑い笑い。「あまり笑いすぎて涙が出るほど、笑いました。」「どこにでも自分のうちと同じことをやってるのだと知り楽になりました。」「吉本新喜劇がニュージャージにできたのかと思いました。」「笑ったからこそ分かる。」

これは、去る10月9日(土)に上記のテーマで開かれたたんぽぽフォーラムの参加者達からのコメントです。 重いテーマにもかかわらず、プリンストンに住む石川夫妻の本場関西仕込みの漫才による「問題の実例の演技」にお腹を抱えて大笑い。会場は終始笑いに包まれていました。

漫才による問題提議で大笑いした後は、NY州マリッジ&ファミリーセラピストの木戸晶先生とNJ日本人学校校長の君島憲治先生が、端的に問題の原因を指摘し、どうすれば良いのか指導してくださいました。どこの家でもありがちなこと、誰でもやっていそうなことに、実は心の痛みの原因があるのです。

「男と女は同じなんですね。」フォーラムの後、数人のお父さん達が、背中の重荷を下ろしすっかり解放されたかのように、まるで少年の目になって、嬉しそうに話しておられたのが印象的でした。実り多かったフォーラムの内容を、ここにお伝えいたします。

フォーラムは下記の3つのテーマごとにスキットで問題を提議しました。

1.典型的な家庭、夫と妻それぞれの悩み

2.おんぶおばけ・・自分の人生を相手に期待する

3.現地校か日本人学校か

(スキット1 ) 典型的な駐在員家庭、夫と妻それぞれの悩み

アメリカに来てからどんどん忙しくなる夫。その中で妻は、一人で子供を育てている気がするもそれが妻の役割と自分に納得させ、一方でそれは内助の功だと夫に認めて欲しいと思っている。しかし夫はそれに気がつかず、妻のやっていることが当然のことのように思っている。

妻は、夫が仕事で夜中まで働き、週末はピアノバーやゴルフにいそいそと出かけて家にはほとんどおらず、自分に気持ちを向けてくれないのは大きな問題だと思っているが、夫は会社の仕事を成功させるのが自分の役割だと思っているので、妻はそれを理解して当然だと思っている。

ふとしたことで、夫婦喧嘩が始まり、妻が夫を責める。
 

木戸 晶先生(以下、敬称略):

 この夫婦は、まだまだ仲の良い夫婦のパターンと見受けられると思います。奥さんのほうに、夫にこれだけきついことを言っても出て行ったりしないという安心感があるんですね。ただ、これをかなり長い間続けていたとすると、非常に無理が出てきて夫婦間に亀裂が入り始める可能性がかなり高くなります。

こういったストレスをどのように解消したら良いかというと、まず自分自身が、ストレスがあると認識して自分に嘘をつかないこと。たとえば、「私さえ頑張れば」とか「もうちょっと我慢すれば」「これだけは夫に言えない」とか、我慢をしすぎた挙句にたまりたまってついつい夫に、言わなくてもいいこと、言った後に後悔してしまうようなことを言ってしまって、夫婦の間に亀裂が入り始めることがよくあるんですね。

自分が言うときに自分の言葉が聞けるくらいの余裕があれば対話もスムーズになると思うのです。ファミリーセラピーを受けている夫婦で1週間に30分から45分、同じ部屋でセラピストを挟んで話をしましょう、というだけで自分たちのために何かしているな、会話をして気持ちを確かめ合っているね、ということでかなり落ち着いてこられる方々もおられます。

・自分に嘘をつかない
・さりげない声かけを
・感謝の言葉を言う訓練を
・週一度、夫婦一緒に同じことを
・女は男の3倍おしゃべり

  夫婦の場合、すべてを当然と思わずにさりげないところで言葉にしてみる。「ありがとう」とか、「助かっているよ」「君のおかげで安心して家にいられるよ」。そういう言葉を奥さんに返してあげたら良いんじゃないかな、と思います。とかく女性は男性の3倍の言葉を話したい、おしゃべりをしたいという欲求があるので、お父さん方もそこを頭に入れておけば、何でこんなに言い返すんだ、と思わなくて済むのではないでしょうか?夫婦としての基本は、信頼感を築いてお互いの能力を認め合って高め合うという姿勢だと思います。ですので、感謝の言葉を出す訓練をして、言ってほしいなぁと思います。言わなくてもわかる、ということも確かにあるとは思いますが、言ってもらっても悪くない、言ってもらったらやっぱりうれしいということもあります。ちゃかしたりしないで、「今日、素敵だね」「ありがとう」というように、少し素直に話が出来たら良いのではと思います。

 駐在の方はストレスがたまりますので、アドバイスとして、たとえば1週間に1回、同じ曜日の同じ時間に一緒に何かをしよう、と取り決めをしてそれだけは守ろう、というふうにしたら良いのではと思います。

近藤:お父さん方は自分の感情を非常に言葉にしにくい、と先生が以前おっしゃいましたが。

木戸:言葉にして自分の気持ちを伝える、というのは女性のほうがはるかに優れているんですね。なので男性の場合、「男たるもの云々」という社会的な男性の役目というものを小さいころから刷り込まれてきた結果、弱音を吐いてはいけないなど感情を押さえ込む訓練をされ、嬉しいことさえも言葉にしなくなっています。感謝の気持ちも言葉にしなくなっている、そういう傾向があるんですね。でも、できれば言葉にして、時には愚痴を言ってもいいわけです。生産性のある愚痴の言い方ってありますから。感情というものは男性も女性も平等にあると思うんです。男性にない感情ってあるかしら?悔しいとか嬉しいとか悲しいとかいろいろありますが、男性にはない感情なんてない。なので女性にある感情も男性にはあるんだ、ということを女性のほうも覚えていてほしいと思います。

近藤:先日、“Man Hurts, Too.”「男も傷つくんだよ。」という見出しの面白い新聞記事を読んだんです。これについてはどう思われますか?

木戸:私がまさに言いたかったことです。男だから言ってもかまわないとか、これくらい男だから言っても耐えられるだろう、そういう気持ちで投げてしまう傷つけの言葉が蓄積されてしまうと、男性も自信が無くなってきて、本当に夫婦をやっていけるのだろうかと、不信感が高まってしまう可能性があります。女性は、自分が言われたら傷つくな、という言葉はセルフチェックをしながら、そして自分で言っている言葉を耳で聞くぐらいの余裕を持ってご主人に話をしてほしいと思います。大喧嘩になるんじゃないかという興奮が自分の中でふつふつと沸いてきたときにどうしたらいいか、ということをあらかじめ考えておくのも良いと思います。

近藤:では、この夫婦に子供がいてこのような環境で育っていった場合、どうなるでしょう?このような夫婦の会話で傷ついているのに何も言えないのは子供なのではないでしょうか。お父さん方は会社に行くというストレスがあるんですが、お母さんは英語に触れることなく家にいる。子供たちはまったく英語がしゃべれないまま、学校に行って椅子に座ってじーっとして一日中過ごしている。まわりが何を言っているかわからない。子供たちのストレスもこれまた大きいと、日本総領事館の斉藤先生はおっしゃっていました。
 私の息子は今大学2年生ですが、5歳でアメリカに来ました。学校に通い始めて3ヵ月後に「僕、学校に行きたくない。僕はね、石なんだよ。毎日毎日ジーっと座っていて、ただの石なんだよ。」って言ったんです。私はこれを聞いて涙がぼろぼろ出てきてしまいました。今までこの子の気持ちを何でわかってあげられなかったんだろう、と思いました。おそらくどの年齢のお子さんも、アメリカという異文化に直面したストレスは大きいのではないかと思うんですが、君島先生のご意見を伺いたいと思います。

君島校長先生(以下、敬称略):
 私は男ですから、このスキットで演じられたご主人の気持ちが良くわかる。かつての我が家を見ているようでした。私のところも決してスムーズにいってたわけではありません。いつもこういう状態で、長く続いていたんじゃないかなと思います。日本であってもアメリカであっても、夫婦というものはこんなものかな、と思っていたんです。

 確かに女性は良くしゃべります。小学校1年生、2年生を見ていると良くわかります。先ほど女性の口数は300とおっしゃいました。女の子のほうが口は出ます。そして男は口で負けてしまうんです。負けて何するかというと手が出てくるんです。そうすると親はお前が悪い、と男の子に言う。そういうことをずーっとやられてきているわけです。これは大人になっても言えることじゃないかな。

・家庭は気持ちをくんであげる場所
・子供のつぶやきを大切に
・安らげる幸せが大きな幸せに


 今のスキットを見ていて、これはコミュニケーションのあり方の問題だな、と感じました。家庭はストレスを吐き出す場所ではあります。それをためてしまうと、またどんどん悪い方向に進んでしまう。でも家庭でこそ、夫婦間の個性を尊重すべきだとも思います。じゃあ、オレはどこでストレスを発散したらいいんだ?それこそピアノバーとかでやればいいのか、ということになってしまいますが、でもお互いを尊敬しあいながら家庭をつくる努力を、特に外国に来たのであれば一からやり直すつもりで、日本とは違う環境の中でお互いに築き合っていくのが大事なのかなと思います。

 子供は、自分の意見を表現することが出来ません。親の姿を見て育ちます。「何やっているの?」ということがドンドンたまっていって、それが学校に行ったときにストレスとして出ます。現地校に行っている子はなおさらです。家庭でもくつろげない、お母さんにも相談できない。果たしてその子はうまくやっているのだろうか?よく言われるんですが、現地校に放り込んでしまえば何とか英語が出来るようになるよ、ということではありません。放り込んだら放り込んだなりに、親はよく聞いて、気持ちをくんであげて、一人の人格として認めてあげる努力が必要になってきます。いつでも黙っていても子供の気持ちがわかるような親子関係であってほしいな、と思います。

木戸: ひとつ付け加えさせていただきたいのですが、私も上の娘が5歳のときにアメリカに来たのですが、1年後になってはじめて、「ママ、アメリカに来て私は初めすごく怖かったんだよ。」って言ったんですね。

自分が怖かったと言うのに、1年もかかったんですね。だから、怖いよねぇ、寂しいよねぇ、という気持ちをいっしょにくんであげたら、お母さんと一緒なんだという安心感が生まれると思います。

君島:授業をやるときに、教員側として一番大事にしていることは何か、というと、ボソボソと言う子供のつぶやきとかしぐさなんですね。そこから子供たちは何を感じて何を表現しようとしているのか、ということをくみ取る努力をしています。言葉にならない子供たちの声です。そうすると授業も子供たちの興味も深まります。内気な子は必ずいます。だけどそういったつぶやきをうまくこちらに引き出し行くことが大事だと思います。授業参観のときなど、「ハイ!ハイ!」と手を挙げているのを見ると、お母さんたちは、うちの子はきちんとやっていると思われますが、実はそうではなくてつぶやきを大事にしたいですね。

近藤:夫婦生活をやっていて、子供を育てていて、幸せっていったい何でしょうか?ある程度の基準があるのでしょうか?どういうことが健康な家庭に結びつくのでしょうか?

木戸:難しい質問ですね。幻想的なものでも、もちろん物質的なものでもありません。人間関係をいかに豊かにして築いて、維持していくかですよね。人は人間関係なしでは生きていけませんから、親子なり夫婦なり、いかに自分が納得いく関係を築いていくか。その中に小さな幸せがあると思うんです。そういう生きている感覚として、落ち着けているなぁ、安心するなぁ、というレベルが私は幸せに非常に近いと思います。なかなかそれが手に入らないのが現代社会なんですが。幸せとは小さな小さなものが身の回りにいっぱいこぼれていて、それを集めると大きな幸せになるようなものではないでしょうか。

(スキット2)おんぶおばけ
・・・自分の人生を相手に期待するとおんぶおばけになって、相手の背中に張り付いてしまう

息子(友達に向かって):なあなあおまえの父ちゃんと母ちゃん、東大いけって言うか?
息子の友達:????
息子: うちなあ、いっつも東大いけ〜っていうねん。
息子の友達: ・・・東大?ってなに?

妻(夫に向かって):今日お義母さんから電話があったわよ。相変わらずあなたのことばっかり心配して、ちゃんと面倒見てねだって。私があなたや子供の面倒みることあたりまえなのにさあ、どうしてこうして念押しするのかしら。それに、あなたが小さいころはこんなことさせてたから、C也にもさせろってうるさいのなんのって、そりゃあ、お義母さんはあなたを東大にいかせたかもしれないけど、それをわたしに押し付けられたらたまらないわ。あなたも東大出なんだから、じゃんじゃん出世してがんばってね。私を幸せにしないとだめよ。

 

君島:私は東大ではありませんが、東大まで進まれた方ってやっぱり立派ですよね。だからひとつの価値判断にはなります。だが、これからの子供たちには、もっと多くの価値判断をする引き出しを、心の中に持たせてあげないといけないのではと思います。この人はいろいろなスポーツができる、こんな特技を持っているというように。

自分の子供を激励する、というかたちで「お前は東大に行けるように頑張りなさい。」などの励ましの言葉であれば、多少は良いかもしれない。でもそれがこのまま続いてしまうと、この子は東大出ということでしか人の価値を認めないように思ってしまいます。これからはいろいろな個性を尊重する時代だ、と言われていますが、変化の時代に生き抜いていくには日本の組織に関わるものを少しずつ変えていかなくてはいけない、と考えています。ぜひ、子供と一緒に親のほうも、「一緒に勉強するから」と、人を判断する良い基準を様々つくってもらいたいと思います。
 

・おんぶおばけは子から親へ
・おんぶおばけをおろそう
・自分の精神の自立を
・子供に多様な価値観を

木戸:おんぶお化けは、どんなお化けよりも怖い。自分が他人に背負わせているおんぶお化けと、周りから背負わされるおんぶお化けの恐ろしさにギョッとすることがあります。今のスキットを見ていますと、負えるおんぶお化けと負えないおんぶお化けがあります。あれをドンドン背負い続けてつぶれてしまう人も、もちろん出てくるわけです。

 さっき言った「東大」もしくは「医者になれ」、と親が子供にプレッシャーをかけた場合、多くの場合は子供の能力を認めて、「おやっ、こいつはもしかしたら医者に向いているぞ」とか、「この子は東大に行くのが一番いいかもしれない」という結論から励ますのではなくて、「東大出の親になってみたい」「医者になった息子が欲しい」というような、親の欲求をおんぶお化けとして子供に背負わせることが多いんですね。それを気をつけて欲しいな、と思います。

 結局子供が自分の人生を歩んでいかなければならないので、子供は親の人生をも歩むことは出来ません。だから、できればメニューを増やして、「こんなことも出来るし、あんなことも出来る。でも決めるのは君だよ。励ますからね」と言うことはメッセージとして送っていいと思いますが、おんぶお化けには気をつけてほしい。皆さん、自分の背中を振り返ったら意外といろんなおんぶお化けがついているかもしれません。出来ればいらないものは取り払って、自分の背負えるものじゃない、と思えば罪悪感を持たずに、「これは背負わない、もう降ろしてもいいかな」と、自分で納得いく人生を歩んでいけたらと思います。親が子供に「東大」というおんぶお化けを背負わせてきたら、子供は大きくなってそのお化けを背負っているのが当たり前、というように育ってきています。そして今度は妻から、「社長を目指してね。」と言われて、またおんぶお化けを背負いながら生きていくことを学習しています。そうなると、夫婦関係が、業績が基本となった関係になってしまうので、気をつけてほしいと思います。

 また、「あなたは私を幸せにする義務があるのよ」という、怖いおんぶお化けもあります。自分の幸せは自分で考える。夫も夫の人生を歩まなければならない。けれども、一緒に歩むんだよ、という姿勢で、「あなたが私を幸せにするか決めるのよ」というようなおんぶお化けはぜひ去っていってほしいです。

 男性は男性特有のおんぶお化けを背負っていまして、それは社会から背負わされているおんぶお化けです。先ほども言いましたけれど「男たるもの何ぞや」ということです。最近、女性は大変自由になりましたから、精神的に男らしい女性というのも、決して煙たがられず賞賛されることさえあります。でも女々しい男性というと良くない印象があります。男の人が男らしく生きなければならないというのも非常に負担になりますので、できればそんなおんぶお化けも取り去ってほしい。基本は、人は人をコントロールすることが出来ない、と考えてほしいですね。

近藤:木戸先生がスウェーデンにいらしたときに、公園で、育児休暇をもらって子供を育てているお父さんたちに出会ったそうですね。男は会社、女は家庭と言う認識を持ったアメリカや日本では考えられないことですよね。

木戸:記念写真を撮らせてもらおうかな、と思ったぐらいです。すごく自然で、お父さんのほうも子供とゆっくり時間を費やして良いお父さんというものを味わいたい、という方がたくさんいるんですよね。だからそういう気持ちを、現実は難しくて多少我慢しなければならないこともありますけれど、言葉にして確認するのが大事だと思います。

近藤:以前研究所に勤務していた時、そこには中国人、インド人、ヨーロッパ人、南米の方などいて、特に面白かったのが中国の女性の研究者の方。博士号を持っていて、ご主人も研究者でした。中国人の女性たちは、アメリカで育った中国人女性にはないイコーリティ、男性と同じように自分もできるんだという意識を持っています。これはやはり共産圏で育ってきて、社会がそれを作ったと思うんです。それは他にはない力だと思います。これが完全とは思いませんが、北欧とか中国とかにはアメリカや日本では考えられない社会の違いがあります。

 シンデレラ・コンプレックスという言葉がかつて流行りました。いつか白馬に乗って王子様が私の前に現れてくれる。そして幸せな結婚生活がおくれる、と思い続ける女性の心理のことです。女性はいつまでたっても男性に依存してしまうのでしょうか。自立する、とはどういったことでしょうか?

木戸:経済的に自立する、というのが精神的自立ではないのです。「仕事をしていないから私は自立できないわ。」と思わなくていいですし、かえって逃げになる可能性があります。ずっと考えなくていい、と自分に対する言い訳をしてしまうことになるので、精神的な自立というのは決してお金では買えません。ご主人の仕事を支える、という大切な役目に、決して引け目を感じたり惨めだと思う必要はありません。自信を持って自立の道を歩んでいってほしいと思います。
 


(スキット3)現地校か日本人学校か

妻:あなた、最近A太は現地校では無理じゃないかと思うんだけど・・・。朝起きられないし学校に行きたがらないし、なんか周りに友達もいないみたいなのよ。だって、こっちに来て から1年以上たつのにぜんぜん英語しゃべらないでしょ。授業もESLだけだと、勉強らし いことやってないしさあ、補習校で補っていればいいとは思うけど、補習校も週一回だけ だし。どうしたらいい?

夫:でもせっかく現地校で慣れてきているんだろ、急に移すのは可愛そうじゃないか?

妻:ねえ、A太の学校に一度行ってみてよ。あなたは忙しいからって、学校にぜんぜん行ってないじゃない。担任の先生や、ESLの先生と話をしてみてちょうだいよ。今まで一人で対応してたけど、どうも女じゃだめよ。

夫:でも今週は出張だし、来週は日本から社長が来るし、いつ行けるんだよ。とりあえず、お前が行って担任に会って、A太の様子を聞いてきてくれよ。せっかくアメリカにいるんだから、英語は身につけさせたいよ。

妻:そりゃ、子供がネイティブになったら素敵だけど、わたしは英語で先生と話さなきゃいけないのがもう嫌よ。だから一人で行きたくない。それに現地校の先生は、A太はちゃんとやってるって言うだけだもの。あの子が問題起こさないからそういってるだけ。B介ちゃんは元気がいいから、問題児扱いで夫婦で何度も学校に行ってさ、あそこは見ていてかわいそうよ。うちは、A太がADHDとかADDとかじゃあなくてよかったわ。あれは大変だわ。あんな子たちって、日本に帰っても大変みたいよ。

夫:じゃあ、学校のことは君に頼んだよ。しっかりやってくれよ、僕は忙しいんだから、これは母親の君に任せるからしっかりやってくれよ。
 


君島:先々週、海外子女財団の相談員の方とお話しする機会がありました。その方が言うには、外国からかかってくる相談の半分以上はアメリカで現地校に通っている方からだそうです。本校にも現地校から転校してくる子もいますが、日本人学校をおすすめしているわけでは決してありませんが、いつも思うのは、「あぁ、もっと早く日本人学校に来ていれば、もっと伸ばせたのに」という子が結構いることです。

 アメリカにはいろいろなチョイスがあります。補習校もあるし、現地校もあるし、日本人学校もある。前任地のシンガポールには、日本人学校とインターナショナルスクールしかありませんでした。ですからアメリカは恵まれた地域だと思います。ただ、恵まれているだけに、「せっかくアメリカに来たんだから、何が何でもこの子を現地校に入れるんだ」というパターンでやると、えてして子供は何とか親の期待に応えるよう頑張りますので、日本人学校に来たときには、もっと早く来ていればなぁ、という思いを教師がしてしまう場合があります。

 日本人学校は、ご存知だとは思いますが、世界約90カ国に政府の支援と企業の寄付と授業料でまかなわれている学校です。日本人のいるところに日本人学校があると考えてください。ただ北米は別で、日本人学校があるのがNJとグリニッジとシカゴの3つだけという貴重な存在です。統合が延期になったとき、本校に来ていない保護者の方から「先生、延期になって良かったですね。あるだけで安心するんです。」と言われました。ぜひ、気楽な気持ちで一度学校を見にいらしてください。とてもあたたかいところで、家族的な雰囲気の中で教育しております。何かありましたらご相談にのりますし、グリニッジのほうにも教育相談室を設けております。

 NJ日本人学校は在外教育施設のひとつです。ぜひ、子供さんの特性を見極めたうえで、どちらにするか慎重に決めてほしいと思います。先ほども言いましたが、子供は気持ちを言葉にすることは出来ません。何が何でも現地校、と言われるかもしれないけれど、やはり一人の人格として子供を認めなければいけません。親の責任でぜひ、子供にあった良い学校を見つけてあげてください。

・子供の環境はIQではなくEQが高まる方を選ぶ
・子育ても夫婦の相互理解もひとつ

近藤:アメリカに来てからお子さんがADHD(注意欠陥多動性障害)だと言われる方が非常に多いようです。日本にいたときは気がつかなかった場合もありますし、アメリカに来てスペシャル・エデュケーションの対象になる子もいます。自閉症と診断される子もいるようです。障害とは言わないまでも、境界線にいる子供、そのような学習障害の子供を日本人学校ではどのようにケアをなさっていますか?

君島:グリニッジ校と一緒に養護学級をひとつ設けておりますので、何かございましたらそちらに相談いたしますし、また医師とも相談しながら普通学級の中に在籍したまま授業を進めていく場合もあります。以前は多少の症状があった子供でも、少人数の中で教育されていくと落ち着いてきた、という例もかつてはありました。

木戸:子供に限らず、人の能力を生かすのも、芽を摘むのもIQではなくEQなんですね。IQは知能指数、EQは情緒指数をさします。情緒が豊かで、きちんとそれが守られ健康的な場合はIQも必ず伸びます。IQばかりに目を取られてしまってEQがおぼつかないと、その子は伸びません。現地校にするか日本人学校にするかというのも同じ問題で、その子の特性と取り巻く環境といろいろな条件を考えた上で、この子のEQにはどちらがいいか、と考えていただくと後々答えが出てきます。IQだけに目を奪われて、英語を伸ばしたいから現地校で勉強してほしい、と無理におんぶお化けを背負わせるのはいけない。EQのためには、情緒のためにはどちらがいいかを考えてあげて判断してほしいと思います。

近藤:先月号の『たんぽぽ』で「光とともに」というビデオを紹介させていただきました。障害児をもつ親のことを描いたドラマです。私の知り合いで何人か自閉症のお子さんを持っていらっしゃる方がいて、このドラマはまさに彼らの日常生活をそのままに描いていました。想像以上にとっても大変な毎日なんですね。

 自閉症の光くんのお母さんが、光くんの気持ちを汲んで「光がこう思うだろうな」と思って、お母さんが先に回って少し手を加える。そうすると光くんがそこに行く。たとえば、朝「学校に行きます。」と言わせて学校に行かせるのですが、それが大変なんです。そのためには、お母さんが前日から帽子とランドセルを光くんの目の止まるところに置いて、光くんが毎朝見ているテレビ番組が終わったら学校に行く気持ちにさせる、というように同じことを毎日させる。そうすると番組が終わったら、はっと気がついたところに帽子とランドセルがある。そうやって毎日まったく同じ道を通って学校に行くんです。一般の子育てもこれと似ていると思ったんです。夫婦で理解し合うのも、子供を育てるのも、「人を育てる」ということでは、ひとつなのかもしれない、と思ったのですがいかがでしょうか?

君島:その通りだと思います。

 私は自分の子育てに失敗しました。家庭ではどのように子供に接しているのですか?とよく聞かれるのですが、実はまたこれが大変なおんぶお化けを背負っています。よく女房から言われたのが、「あなたいつまで教師やっているの」。家でも教師、外でも教師。彼女に言われてはっと気がつきました。自分は家に帰ったら教員ではない。一人の大人としてこの子に接していかなければいけないんだ、と感じました。かなりきついことも言われましたが、子供が大きくなって悪くなりかけたとき、親が子供と向き合って話していかないと、うまくは育たないと思いました。

木戸:人は自分がどんな存在なのか、確認しながら生きています。子供は「お母さん、僕はどんな人なの?」とお母さんの目に映っている自分の姿を見ています。夫も夫で奥さんの顔を見ながら、「僕はどんな夫なのだろうか?」というように確認し、ちょっと不安な気持ちを持ちながら生きているという感じがします。大人は自分で自分を育てることが出来ますが子供はまだ出来ませんから、親は手伝ってあげて、大きくなって自分で自分を育てることが出来るように期待するのです。人を育てるというのは一番難しくて、かつ一番大事なことです。会社の大切さなんて比べ物にならないので真剣に考えて生きましょう。

 子供は大人が投げかけるジョークが大変苦手。ジョークのセンスが出来ていない子供は文字通り受けてしまってそのまま信じ込んでしまうことがあります。子供を育てる際には、自分が育てていると意識して接していただきたいと思います。



近藤:最後に木戸先生と君島先生にそれぞれの専門分野からご意見をお願いいたします。

君島:私自身も皆さんと勉強いたしました。木戸さんのお話を伺いながら自分の気持ちを整理して、気がついたことがありました。子供を育てる、ということを職業としていますので、日々「この子の為にいったい何をしたらいいのか」と考え続けています。この子が成長してくれた、というときが教師としては一番嬉しいときかな、と思います。学校生活の中で子供たちは遊びや学習や様々なところで、いろいろな気持ちを見せてくれます。その表情から「この子は何を考えているのか?何を一番欲しがっているのか?」というのを掴み取る教師になりたいな、と思います。

 昨日、私の生徒(小5と中2)に「アメリカに来て何がカルチャーショックだったか?」と聞いてみたんですね。長く住んでいらっしゃる方は忘れていると思うんですが、アメリカに来たばかりの方は思い当たるでしょう。

 小5の子が言ったのは:煙突のある家が多い。近くだけれども歩くととても遠い。家にプールがある。芝刈り機で芝を刈る。天井に扇風機がついている。日本の夏はとても暑いのにこちらは涼しい。日本に手紙を書きたいんだけれどどうやって書くの?昼と夜が逆転している。電気のメーターを調べに来ない。塾が週2回に減った。(今まで毎日行っていた。)
 中2の子は:マンハッタンが意外に汚かった。大都市のすぐ近くなのに緑がいっぱいでリスがあちこちにいる。どこに行っても人が少ない。天井に電灯がついていない。日本のにおいとアメリカのにおいが違う。スーパーで買い物をしていてお客が卵を割ってしまっても平気な顔をして行ってしまう、信じられない。車が反対車線を走っている。帰ってから時間がありすぎるので、食べ過ぎて太ってしまう(部活がないから)。

 来たばかりの子は、あらゆることを珍しいと思っています。日本では勉強は学校で、しつけは家庭でという構造が出来上がっています。(最近は少し疑問に思うこともあります。)でもここでは、大人は子供の素朴な疑問に答えるようにしましょう。外国に来たんだから当たり前だろう、という考えは子供には通じません。大人が感じている以上に、子供たちはストレスを感じていると思います。ぜひ、積極的に異なった文化との接触を、親が責任を持ってやっていただけたらと思います。学校でも教えます。お父さん、お母さんも少し手伝ってほしいと思いますね。

 日本人学校は小さな日本ですが、一歩外に出ればアメリカ社会。アメリカ社会と日本とのギャップを埋めてくれるようなものを、日本人学校の教育の中に入れる必要があります。私どもの学校には手作りの教材がありまして、これは地域を知ることから始まります。「自分の住むところはどんなところかな?」と聞かれたときに答えられるようにしています。国際交流ディレクターの栗原さんに作っていただいたのですが、学校がオークランドにありますので、オークランドの歴史や文化を日本語で説明しています。そういうところからカルチャーショックを和らげるようにしているんですね。ここはこういう地区なんだよ、こんなものがあるんだよ、こんな歴史なんだよ、とそれらを知るだけでも、子供は自分の住む地域に愛着を感じると思います。少しずつ子供が興味を持てるように、またアメリカ社会、NJを理解できるようにしてあげれば、日本人であるという自覚とともに、自分の住んでいる地域に愛着が持てる、ということを学校が取り組んでいます。

 私は学校で身近な動物、身近な鳥について写真入りで紹介する冊子を作成しました。つい最近植物編も完成し、3部作になっています。これはほんの一部ですが、学校ではNJと関わった教材作りを進めています。ぜひご家庭でも、少しずつ子供のカルチャーショックを和らげるように、素朴な疑問に答えてあげてほしいと思っています。今日は有意義な時間をありがとうございました。

木戸:私の子供も、近かったらぜひNJ日本人学校に通わせたかったですね。それから『たんぽぽ』という名前、好きなんです。何で近藤さんはバラとかユリとか派手な花の名前を選ばず、派手ではないけれどすごく身近な花を選んだのか。近藤さんの人柄なんでしょうね。おそらく目的には、もっと身近なものを大事にしましょう、と言う気持ちがこもっているのではないかと思います。

 私はファミリー・セラピストとしていろいろな家族と接してきていますが、問題がなければダメ、とか問題があってはじめて会える人なのではなどと思わずに、簡単な相談でもご相談にのります。お気軽に相談してください。

 今日、ひとつ皆さんに知っておいてほしいな、と思うのは、英語で家族のことをfamily memberと言うときもあればyour loved ones、人に愛されている、家族同士が愛し合うもの、と言うときもあります。家族というものは夫、妻、子供であれ、皆愛情を受けたい、愛されたいと思って生きているわけですから、ぜひ傷つけ合うことがないように努力していってほしいと思います。

 ここに一枚の人の形をした紙があります。そこに家族の一人を思い浮かべてください。この人に、勢いあまって怒りを込めて「あぁ、言わなければ良かったな」というような言葉を投げつけたとしますよね。言い過ぎたかな、ダンナにだから、まぁいいかというような言葉を投げてしまうことがあると思うのですが、そのたびに何が起こるかといいますと、(一言ずつ言われるたびに体の一部が破られていく)

「あなた、いつも家族のこと考えていないでしょ!」
「それでも本当に父親なの!」
「だらしない人ね。」
もしくは、夫が妻に
「オレが一生懸命仕事して食わせてやっているんだ!」
「生意気なこと言うな」
そして子供に、
「ぐずぐずするんじゃない!」
「何度言ったらわかるんだ!」

こういうことが繰り返されると、人は傷ついていきます。ぜひこういうことをしないように、お互い支えあって成長していくことが出来るような家族を作っていってほしいと思います。

近藤:衝撃的な説明でしたね。傷つけない、ということが一番大切なんでしょうね。愛情を傷つけることは、普段は目に見えませんから。

 私は『たんぽぽ』を通じてたくさんの人に出会うことが出来ました。その中で、お子さんたちがお父さんやお母さんの言葉で傷ついていることを学びましたし、気づきました。今日はお母さんがお父さんを攻撃する、という劇をしましたがお父さんのほうはお母さんほどは言葉で攻撃しないと思われがちです。でも、たまりにたまったものが爆発するときのエネルギーで何も考えずに妻や子供にひどい言葉を言ってしまうことがあると思うんです。女性が男性に暴力を振るうということはないと思いますが、女性は肉体的にも傷つくことがあります。

 私がかつてハワースというNJの北部の住宅街に住んでいたとき、ポリスが「この街には犯罪はほとんどない。でもこの街で一番多いのは、ドメスティック・バイオレンスです」と言ったのです。中産階級の医者や弁護士、大学の教授、株でもうけたお金持ちが住んでいる街でさえそうなのです。実は、エリートほど奥さんに対して軋轢をかけやすく、自分の出来ないことを奥さんにストレスとしてかけやすいそうです。身近な方、またご自身にそのようなことがあったらぜひ木戸先生にご相談ください。「風邪を引いても、いつお医者さんに行ったらいいかわかりますが、心の病気はいつ行くべきか、わからないんですよ」と木戸先生がおっしゃっていたのが印象的でした。心の病は、本当は本人は気がついているはずなんですが、タイミングがわからないんでしょうね。ちょっとしたことでも気になるのでしたら、ぜひ行かれてください。

 今日はありがとうございました。



≪質問コーナー≫

生産的な愚痴の言い方ってどういうものですか?

(木戸)そんなつもりではなかったのに、いつの間にか大喧嘩になっていてなぜけんかになったか覚えていない。喧嘩に負けたくなかった、ということしか覚えていない。これらはよくあるパターンなんですが、愚痴を言いたいときにはあらかじめ、「今、愚痴を言いたい気分なんだけれど」と前置きをして、「これは決してあなたのことを攻めているわけではない、ただ聞いてくれる?」と切り出して、相手に心の準備をしてもらうのがいいやり方だと思います。もしそこでご主人が「今は止めてくれよ」と言われても、「じゃあ、後で聞いてくれる?5分で終わるから」と言ってみる。そうすると、聞く側も準備が出来ているから話すほうも話しやすくなります。聞く側のほうは、変なアドバイスをしないでください。ただ愚痴を聞いてほしい、という場合が多いですから、フンフンと聞いて気持ちに焦点を当てて聞いてください。「つらかったんだよ」と言ったら「つらかったんだね」と気持ちに焦点を当てて、繰り返して受け止めてあげてください。それを5分から10分してあげるだけで、かなり、話をしているほうは、「聞いてもらえたんだ」という気持ちになれます。それを「お前はそこでこうすれば良かったんだ。何でこんなこと考え付かなかったんだ」と問題を解決するように言ってはいけません。「そうだったんだ」と言われたことをそのまま繰り返して聞いてあげることで、私は聞いてもらっている、と確認できるのです。結構テクニックがいるのですが、カウンセリングの基本なんです。これが生産性のある愚痴の言い方だと思います。

近藤:木戸先生は国際結婚されていますが、国際結婚されている方も同じですよね。

木戸:基本的に人は変わらない。男であろうと女であろうと、何色の肌であろうと歳がいくつであろうと、基本的なところは変わらない。子供にある気持ちが大人になくて、女にある気持ちが男にはない、ということは決してないわけで基本的には一緒なんですね。
 先ほど幸せっていったい何ですか?と聞かれましたが、その答えとしてシェアしたい話があります。

私には娘が二人いて、先日9才の娘と自宅で映画を見ました。『Look Who’s Talking』というコメディ映画なんですが、一番最初の場面が、男女がベッドインした(もちろん裸はありません)あとすぐ、何千という精子が卵子に向かって競争するんですね。それを釘付けになって、娘はわけもわからず見ているわけです。そのうちに一番初めに卵子にたどり着いた精子が、「やったー」と言いながら卵子に入っていくんです。娘は「いまのこれなーに?」と聞くので、「今ね、命が誕生したんだよ。すごいと思わない?何千という中の一番が命になるんだよ。だからハーちゃんは一番だったんだよ。」と教えると、娘は「わたし一番だったの!」と、嬉しそうでした。命を授かるということは、どれだけ大事なことでうれしいことかということが伝わったのでしょう。娘はニコッと笑い、「あぁ、生まれてきてよかったな」という顔をしてくれたんです。それを見て、幸せを感じました。人というものは、生を授かった以上、幸せになりたいと思うもので、出来れば家族みんなで支えていけるような環境を作り上げてほしいと思います。



子供のどんな様子を見て、現地校か日本人学校の選択をしたらいいのでしょうか?

(君島)日本人として育てたいのか、アメリカ人として育てたいのか、という親の姿勢が大事だと思います。親でなければ気がつかないサインが結構あります。学校ではやはり子供は我慢してしまいます。でも学校ではどんな様子か、先生とよくコミュニケーションをとりながら決めていくべきだと思います。


(参加された方の声)

とても身につまされて、思わず涙が出てしまいました。こういう体験からくる話を共感できる空間があると思うと心強いです。

寸劇(?)仕立てで、堅苦しくなくて良かった。他人も同じような境遇にあることがわかって、心が軽くなった。今回はとても参考になりました。ありがとうございます。
とても楽しく聞かせていただきました。同じような悩みを感じているのだと思ってとても安心しました。また、参加したいと思います。ありがとうございました。
どこの家庭にもある問題の、わかりやすい解決方法がわかって、心の持ちようだと思いました。

石川ご夫妻の楽しい演技と、2人の先生方のとても参考になるコメントを聞くことができ、大変感銘を受けました。身につまされるお話が多く、泪を止めるのに必死でした。本当に今日参加でき、とても幸せです。ありがとうございました。

日本で子育てするとしても、とても役立つ内容だと思います。異文化の中で生きていくうえで、誰もが感じる問題等を、自分一人のこととしてではない(誰にも当てはまる)ことが知れて、参考になりました。 お父さんたちがたくさん参加していらっしゃるので、驚きました。しかし、一番参加すべき人は、きっと参加していないのでしょうね。 たんぽぽはいつも愛読していますので、実際このような温かいコミュニティの中で作られているのかがわかり、ますます身近に感じました。今回のテーマも大変良く、また続編を期待しています。



木戸晶先生のカウンセリングをNJで受けられます!(NY,LIもあり)
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