家事をしようと思っても力がでない。突然無性に悲しくなったり、孤独になったりする。何をやっても不安で落ち着かない。何のために生きているのかと思う。そんな「駐在員の妻症候群」に人知れず悩む駐妻たち。そんな母親が楽しんだり、輝いたり できるグループ「たんぽぽ」の創設者、近藤三奈さんにお話をうかがいました。

たんぽぽ」はニュージャージー州北部に在住する駐在員の妻達が中心スタッフとして活発に活動しているグループです。アメリカに来たばかりで疑問や戸惑いのある人達をサポートする、「来たばかお茶会」や、日本に帰国した方たちが置いていった絵本の蔵書からできた「たんぽぽ文庫」の運営、幼児を集めての「おはなし会」、「安全対策セミナー」その他、様々な活動を行っています。当会が発行する「おしゃべりたんぽぽ」という雑誌は、Fort Lee地区を中心に、ニュージャージー州内で無料配布されていますが、地域に密着した情報にとどまらず、異文化、教育、社会にも目を向けた紙面で、ニュージャージー州を中心として多くの日本人に支持されています。

ホームページ:http://www.tampopo.info

 


近藤さんが「たんぽぽ」を始めたきっかけはなんですか?


私は、もともと駐在員の妻として、渡米してきました。当時、学校でのボランティアなどを通して、後から来た駐在の方たちのサポートをするために、情報提供をしているうちに、このような情報をニュースレターなどの形で、これから来る方達のためにも残して行きたいと思うようになったのがきっかけです。


ニュースレターの第一号はどのようにして完成したのですか?


前述のとおり、以前から、ニューヨークに通勤する日本人のベッドダウン、フォートリーという町で、現地校のPTAで学校やPTAと日本人家族のお世話役のような役をやっていまして、そのうちにアメリカ人の友達と一緒になにかやろうということで、日本に興味のあるアメリカ人とアメリカに興味のある日本人を集めて「アメリカを知る会」を結成したのです。市の警察署や裁判所の見学ツアーをしたり、ルイ・ヴィトンのお店でパーティーをしたりということを4年間続けていました。そこで一緒にアメリカのことを学んだ人たちは、すぐに日本に帰ってしまって、また新しい人が来て、一から同じことを学ぶ。これではもったいないので、自分たちが学んだことは記録として残しておくべきだろうと考えてニュースレターを出す感覚でいたのですが、実際には、あらゆる内容を含んだ情報誌として発行されました。生活、家庭、子育て、教育、買い物、レジャーなど、さまざま角度の情報を集めて第一号を発行しました。たった8ページの冊子でしたが、発行直後から、フォートリー周辺の日本人女性(駐在員の妻たち)に大反響を呼び、さらに趣旨に賛同した人たちがたんぽぽを発行するスタッフに加わりました。そして2ヶ月に1度のペースで、20数ページの生活情報誌が発行されるようになりました。


駐在員の妻たちを惹きつけたのは何だったのでしょう?


それは、読者と同じ立場にいる一主婦一駐在妻であるスタッフ達が、日常の生活の中で知りたいこと言いたいことを、自分達の言葉でストレートに伝えていたからだと思います。それは数ある無料の日本人向け生活情報誌にはないものでした。なかでも第1号に掲載された「駐在員の妻症候群」というコラムは、大反響を呼びました。

「家事をしようと思っても力がでない。突然無性に悲しくなったり、孤独になったりする。何をやっても不安で落ち着かない。何のために生きているのかと思う。外では元気だけど、家で一人でいるとやりきれない気持ちになる。ひどいときはベッドから起き上がれない、泣いてばかりいる。そんなことのあるあなた、一人で悩まないでください。なんとなくいつまでも落ち着かない異国暮らし、そこに自分の意志でなく来ている海外駐在員の妻達は、多かれ少なかれ、誰もがこんな経験があると思います。甘えてる!と言われればそれまでですが、実際につらいのですから、どうしようもない。・・・この手のジレンマに、私は海外駐在員の妻症候群と名づけました。落ち込んでいる人、元気出して!」・・・と。


情報誌の他にどんな活動をされていますか?


並行して、たんぽぽのスタッフ達は、さまざまなイベントを開いています。こどもの日パレード、たんぽぽフォーラム(精神面を支える)、地元警察と一緒に安全対策講座、市長やカウンティーエグゼクティブを訪ねたり、市庁舎や裁判所を訪ねるツアー、クッキング教室、赤ちゃんの会、双子の会、来たばか(アメリカに来たばかりの人を指す)お茶会などを随時行っています。

 


イベントは、全て近藤さんが取り仕切るのですか?


いいえ。私は他にフルタイムの仕事を持っていますので、全てを自分でやるわけにはいきません。大筋を整えてさえいれば後はスタッフが中心になって行っています。基本的には、情報誌の内容にしても、イベントにしても、スタッフが「これをやりたい」と思えば、やっていいのです。もちろん実施にあたっては、私や他のスタッフと相談しOKとなって初めて実施することができます。他のスタッフと協力してやることもありますし、一人でやるときもあります。そのときそのときで臨機応変に対応しています。


「たんぽぽ」スタッフの活動の趣旨はありますか?


たんぽぽの活動すべてにおいて言えることは、「アメリカ生活において、あなたは一人じゃないと伝えること、楽しいこともつらいことも共有しよう」ということでしょうか。それをスタッフは記事を書いたりイベントの運営に関わる中で伝えようとしますし、読者やイベント参加者には、情報誌を読んだりイベントに参加する中で、感じでもらいたいと思っています。

先ほども申し上げましたように、情報誌で取り上げる内容や、開催するイベントは、スタッフが「やりたい」と思ったものばかりです。それをたんぽぽが支援する形で行われています。たとえば、去年から始まった「たんぽぽ文庫・おはなし会」はその流れでできたものです。今年からは「妊婦の会」もスタッフの一人が始めて大きく広がっています。


たんぽぽは、一つの組織としては実際に、どのように動いているのでしょうか?グループがコンスタントに活動していくためには組織を動かすための人事、ルール、人をまとめる何らかの吸引力などがあると思いますが、たんぽぽはどのようにまとまり動いているのでしょうか?


まずたんぽぽに関わる活動はすべてボランティア活動です。スタッフも、そして情報誌に寄稿してくださるスタッフ外のかたがたも、すべてボランティアで参加していただいています。ちなみに、「ボランティア」というといかにも慈善事業のように聞こえがちですが、ここではあくまでも「自分の意志で、無償であることを納得の上で、やりたいことをする」というスタンスです。育児や出産、一時帰国、引越しなどの理由で一時的に活動を休むことも自由。そして戻ってくる時期も自由。これらがたんぽぽの一番の「ルール」であり、いいところです。

たんぽぽのスタッフと呼ばれる人たちは10人から20人ほどいます。ほとんどがフォートリー近辺に住み、あとプリンストンに数名います。大半が駐在員の妻ですので、帰国に伴う人の入れ替わりが激しいのが特徴です。情報誌の発行については、すべて広告収入でまかなっています。

たんぽぽでは2ヶ月に1度ミーティングを開いて、そこで次号の情報誌の発行内容を決めたり、イベントの運営方法について話し合ったりしています(このミーティングはかなり「濃い」ものです。はっきりいって、ミーティング3時間の内容で情報誌1冊ができるくらいです)。あとは必要に応じて電話、メール、誰かの家に集まったり、などで連絡を取り合いながら、活動をしています。2年前に元システムエンジニアのスタッフ(石川良美)が加わってから急速にハイテクが利用できるようになり、主にML(メーリングリスト)を使用するようになって、団体のコミュニケーションがより密に取れるようになりました。また、イントラネッツを使って記事を確認したり、編集したりしますので、全員が自宅で仕事ができます。

先ほども申しましたように、活動内容については、「みんなで話し合って決めている」というのが一番適当かと思います。とは言え、たんぽぽという組織を動かしていくには、編集、発行、情報誌の配送、広告主との応対、会計、総務が少なくとも必要で、これらは、それぞれの得意分野を生かしつつ役割を分担して対応しています。また、記事の取材や執筆については、毎回のミーティングやMLで随時決める形となっています。


駐在員の妻が中心になっているということで、短期間で帰国されてしまう方もいるでしょうし、非常に流動的だと思いますが、新しいスタッフの確保、仕事の引継ぎも含め、どのように対応なさっているのですか?


アメリカに住み始めたばかりの駐在員とその家族が、新しい目で見たままの感覚で記事が出来上がっていくという意味で、短いローテーションはプラスになっていると思いますので、「流動的」であることを否定的にとらえておりません。帰国したスタッフは「たんぽぽ」で燃焼したエネルギーを日本に帰っても体感しているので、必ず何かを日本でやり始めます。それが私には嬉しいことです。家庭の主婦として働くことができなくても、精神的に充実し、自分を満足して生きていくことができる、本当の意味の自立する女性が、またはそのような女性になりたいと願う人が集まって共に育っていく場所だと理解していますので、人が集まるのも、離れるのも「たんぽぽ」の力だと思います。リーダーとして自分が何かをしているというよりは、大きく育っていく女性たちを見て、自分も育てられていると感じます。ですから、もし人が集まらなくなったら、全てやめる時だと思っています。仕事の引継ぎも、大まかに決めた仕事分担に従って、スタッフ同士で自然に行われています。


これから、何か母親グループを作ろうとする方にアドバイスはあるでしょうか?(人集めの方法、会をうまく動かしていく方法、まとめていく方法、広めていく方法など。)


私個人の意見としては、母親グループだけという位置づけではなく(つまり、子どもを遊ばせたり、お友達をつくったりしたい、という目的だけではなく)、「母親が子どもとともに、楽しめる場所」をつくろうと、あるいは「母親が楽しんだり、輝いたりする場所」をつくろうといった趣旨がどこかにあれば、おのずと人は集まってくると思います。おそらく成功している母親グループの多くは、そういった子どもだけでない、「母親の場所」を自然と確保しているのじゃないかと推測します。「同じような年齢の子どもを集める場所をとにかくつくればいいだろう」と思って作ってみても、うまくいかないように思うのです。極論になりますが「お母さんが楽しかった」と思う会でないと、子どももお母さんもついてこないです。

広める方法やまとめる方法は、たんぽぽにおいては情報誌というメディアを持っていて、スタッフが運営する会ですから、一般の会とはちょっと異なると思います。また、そのあたりはジャカルタやイギリスの子育ての会に詳しく書かれているようですので、ここでは触れません。


今回は、お忙しいところ、お話をお聞かせいただき、ありがとうございました。

たんぽぽスタッフの1人、石川よしみさんの感想:

駐在で来たばかりの人だけでなく、長い間アメリカに住んでいる人にとっても、この「たんぽぽ」は特別なメディアのようです。それはやはり、同じ立場にいる人間が知りたいこと、伝えたいことを、自分達のやりたいようにとことんまで追求し、しかも親しみやすい形で提供しているからでしょう。

おそらく、素人の奥さんが構成員のほとんどを占め、プロが作っている情報誌と肩を並べている(ように見える)情報誌を作り上げている団体は、ここくらいだと思います。そしておそらく、そのたんぽぽを読者よりも、作っている私たちスタッフのほうが楽しんでいるのです。それは駐在員妻の一人としては絶対に味わえない「社会の中の一人」という感覚を味わうことができますし、それぞれの知的好奇心を満たす場となっていますし、さらに自己実現の場・その自己実現の社会の反応を感じ取ることができる場所からです。

わかりやすくいえば「仕事ではないけど仕事をしているような充実感を味わうことができる、だれだれさんの奥さんやお母さんという呼ばれ方ではなく、一人の女性としてきている実感をつかめる」からだと思います。

 

たんぽぽの歩み:

創立者:近藤三奈
正式名称:J.A.P.A.N.(Japan America Public Affairs Network)
発足年:1997年4月 NJ生活誌「おしゃべりたんぽぽ」創刊 

現在:
2ヶ月に一度のペースで情報誌発行。同時に、数々の在米日本人向けのイベントを開催。現在、創刊8年目、この1月で第47号が発行される。