シアトル便り

 

2006年08月22日

はじめての風邪、中耳炎

心を入れ替えて今日から毎日ブログを書くぞ!と宣言。。。。

大河も順調に育ち、すでに約5300グラム。ぼちゃぼちゃした可愛らしい赤ちゃんです。
元気に育っていたのですが、先週、はじめての熱を出しました。夜ちっとも寝ないなぁ、おっぱいをあげてるのになんで泣くのかな、と思ったら、熱い!!測ってみたら100度(約38度)を超えてる!!びっくりしてすぐ、24時間OKのヘルスラインに電話をしました。アメリカではすぐに病院に連れていくのではなく、ちょっと様子を見てもいいかな、という微妙な状況のときには、看護師さんが答えてくれる無料のヘルスラインがどこの病院にもあります。メッセージを残してしばらくすると電話がかかかってきました。時刻は午前2時。感染症の様子が見られないので、おそらく風邪だろうとのことで、翌朝まで待って病院に行けばよいといわれました。

かかりつけの病院の電話受付は7時半からはじまるので、朝一番で早速電話予約をとり、9時に病院へ。完全予約制になっているので、まず待つことはありません。待っても5分を超えたことはないと思います。うちの子どもたちが行くクリニックにはたくさんの先生がいるので、かかりつけの先生があいていないときでも、すぐに誰かしら予約をとることができます。今日は幸いにも大河のかかりつけの先生がすぐに見てくれたのでラッキーでした。診断は、やはり風邪。これは陽がデイケアからもらってきた風邪がうつったに違いありません。陽、やさしいお兄ちゃん(!)なので、しょっちゅう大河に「ハグー」と言って抱きしめようとしてくれたりしてるものなぁ。。。先生には3日くらいで熱はひくでしょう、と言われました。

そのあと2,3日、いつになく泣く日々が続きましたが、先生の予言どおり3日後には熱も引き、いつもどおり機嫌のよい大河に戻りました。ホッ、としたのもつかのま、なんだか左耳がべたべたする。なんだろう??と見てみると、耳だれが。。。。あぁ〜、と思い、またまた病院へ。中耳炎でした。陽もしょっちゅう中耳炎にかかったので、慣れてるつもりだったけど、耳だれが出たのははじめて。おなじみのピンクの薬(抗生物質です)を飲ませることになりました。陽は薬をいやがって、パパママふたりがかりで押さえつけて飲ませた思い出があるので、くらーい気持ちでトライしてみる、と、大河はすんなり飲んでくれました!よかった。早くよくなりますように。

2006年08月15日

ごぶさたしています

いつのまにか2ヶ月半以上ごぶさたしてしまいました。5月後半からNICUで一日の大部分を過ごす様になりブログを書く時間がなくなってしまい、その後いつのまにかこんなに長い時間が過ぎてしまいました。ブログの構成も工夫しなくちゃ、なんて思っているうちに何も書かず8月を迎え、反省しきりの私です。

大河は6月11日に無事退院しました!10週間の入院の予定が、8週間で退院できました。退院の前日に急成長し、おっぱいをコンスタントに飲めるようになったら、「じゃ、明日退院ね!」と。びっくりしました。。。さすがアメリカ。医療行為の必要がなくなった途端に退院。

退院してしばらくは私もびくびくしていたのですが、だんだんリラックスしてきて、今はすっかり大河も元気な新生児、5キロになりました!

2006年06月01日

将来の展望

2ヶ月半以上も早く生まれてしまった大河。どんなに医療が発達しても、私のおなかの中と同じ状況は作り出せない。ママのおなかで過ごすはずだった12週間を、NICUでモニターにつながれて過ごしています。妊娠後期をおなかの中で過ごせなかったことが、この先の大河の発達にどんな影響をもたらすのかを考えると、心配でたまらないのです。

本によると、26週から29週で生まれてしまった未熟児の場合、いわゆる「普通」(この言葉は好きでないのですが、便宜上使っておきます)に育つ確率は40%。脳内に出血があったりするとかなり難しい。幸い、大河は脳に出血は認められなかったので、大きな障害を持つ確率はとても少ない。聴力も今のところ大丈夫。でも、視力は心配だし、また、学校に入ってからLD(学習障害)やADHD(注意欠損多動症候群)と診断される確率も正規産の赤ちゃんに比べると高くなる。

でも、大河は大河。パパがいつも言ってくれるのは、「大河がどんな子でも、たくさんかわいがって一生懸命育てていこう」という言葉。本当にそのとおりだと思います。

私が大学院で障害児教育を専攻していたころ、こんなことを習いました。
People first languageー障害のある人のことを、disabled people、と呼ぶのではなく、people with disabilities、または、people with special needs と言おう。つまり、障害が先に来るのではなく、あくまでその人が一個人であることを尊重し、障害はあくまでその人の一部であるという姿勢です。残念ながら、障害のある人に対してオープンであるといわれるアメリカでも、まだこの考え方は完全に広まっているとはいえません。まだまだ、person with mental retardation(知的障害を持つ人)のかわりにretarded、と呼ばれることも多いのです。

でも、私はpeople first languageの考え方がとても好きです。大河についても、だって未熟児だから、と考えるのではなく、まず、大河としての個性をしっかりと見てあげたいと思っています。

呼吸

大河が退院するために必要なのは、呼吸が安定することと、おっぱいが飲めるようになること。授乳の話は今までもたくさん書いてきたので、今回は呼吸について書きます。大河は肺がきちんとできる前に生まれてしまったので、生まれたときはRespiratory Distress Syndrome(呼吸困難症)でした。最初は呼吸器、それから呼吸マスクと鼻への空気チューブとなり、生後2週間目くらいからは自分で息をしています。脳を刺激して呼吸のリズムを続けることができるように薬をもらっているのですが、その薬の成分がなんと、カフェイン。赤ちゃんにカフェイン?と思うのですが、医療上は安全とみなされているとのこと。

大河も無呼吸になる回数がとても減ってきたので、昨日で薬をやめました。カフェインが体外から排泄されるためには赤ちゃんの場合、3日間ほどかかるそうなのでまだ結果はわかりませんが、うまくいくといいなと思っています。がんばろうね、大河。

2006年05月28日

感謝感謝

海外に住んでいていちばんさみしく思うのは、家族や親戚がそばにいないことです。結婚して子どもが生まれて、自分の「家族」ができたときには、本当に嬉しく思いました。

どんなときにも友達の存在は嬉しいものですが、ここでは本当にありがたく思っています。特に陽が生まれてからは家族ぐるみのお友達が増えて、楽しい時間を一緒に過ごしてきました。困ったときにたくさんの友達が助けてくれて、本当に大感謝です。切迫早産から緊急帝王切開になったときには、急なお願いだったにもかかわらず、すぐに陽を迎えにきてくれて預かってくれました。病院や家にも手作りのお料理を届けてくれて、とても嬉しかったです。みなさん、本当にありがとうございました。

それから日本とシアトルを往復して長期間お手伝いをしてくれているおばあちゃん。本当にありがとう。皆のおかげで大河も少しずつ成長しています。

2006年05月25日

私の一日

最近の私のスケジュールは、朝6時前に病院から帰ってきて陽とパパと日本からお手伝いにきてくれているおばあちゃんと朝ごはん。陽は家では飽きてしまうので、午前中は一緒に外出して思いっきり遊ばせます。
今は保育園に行っていない陽にできるだけ他の子どもたちと接する機会を持ってほしいと思い、お友達と会ったり、プレイグループに行ったりしています。

お昼頃に帰ってきて陽をお昼寝させておばあちゃんに頼み、1時過ぎに病院へ。2時の授乳にだいたい30分から45分くらいかけて、そのあと4時ごろまでずっと大河を抱っこ(カンガルーケア。)パンプして片付けをしたりして、家に帰ってくるのが5時半くらい。陽が嬉しそうに出迎えてくれます。

陽をパパと一緒に8時過ぎに寝かしつけたあと、私も10時半まで眠ってまた病院へ。11時の授乳のあと、大河のチューブでの授乳が終わるまで抱っこして、そのあとまたパンプなどをして寝るのが1時くらい、といった感じです。

夜中は看護婦さんにまかせて眠ろうと思うのですが、大河のモニターが気になります。

うなり声

昨夜も大河の病室に泊まりました。夜11時の授乳のときにもあまり元気がなく、調子がいまいちのような感じ。どうしたのかなと思っていたら、夜中じゅう苦しそうなうなり声をあげていました。どうやら便秘気味でおなかにガスがたまってしまったようです。

何かストレスがあると、大河の場合はすぐ呼吸に影響して血中の酸素濃度が下がってしまいます。
何度かアラームか鳴り、看護婦さんが大河の姿勢をおなかの大きさを計測したり姿勢を変えたりしてくれました。私が帰る明け方5時過ぎにようやく大河は寝付くことができた様子。

そういえば、陽も生まれたばかりの頃、ウンチが出なくて夜3時ごろによくうなり声をあげていたっけ。陽の場合はちょっとマッサージをしたくらいで、自然に治ってしまったけど、大河はまだまだ筋肉も弱い。お医者さんが来ておなかの様子を調べてくれて、お尻に薬を入れてもらいました。これですっきり出るといいんだけどな。

体重増加

今週は大河の体重が4ポンド(注:1ポンドは約450g)を超えた!ばんざーい。1ポンド増えるごとに、お部屋のドアに“Hooray!”のサインが貼られます。2ポンド台ではじまった大河の部屋のドアにも、2、3、4と3つのサインがつきました。嬉しいです。

日本人の私としては、ポンド表記よりもグラム表記の方がしっくりきます。医療上は詳細な体重増加を把握するためにグラム表記が使われているのですが、アメリカ人にはポンドの方がなじみがあるため、家族に知らせるときはわざわざグラムからポンドに変換してくれます。私もアメリカ人の友人には大河の成長ぶりを話すときにはポンドで伝えています。

泣き声

大河は早くうまれてしまったので、肺の機能が未熟です。生まれたときも泣きませんでした。はじめて泣き声を聞いたのは、生まれて3日目くらいだったでしょうか。大河の病室にいくと、「ニーニー」という、猫のささやき声のような音を聞いたような気がしました。もしや、と思って看護婦さんに確認すると、「大河の泣き声よ。」と。涙が出ました。

正規産だった陽は、生まれてすぐに大声で泣き、生まれたては毎日朝から晩まで泣き通しでした。赤ちゃんは泣くのがあたりまえだと思っていた私たち。大河の大きな泣き声を聞きたかった私たちは、なかなか泣き止まない、という正規産のパパママの悩みもうらやましく思っていました。

大きな声ではまだ泣いてくれませんが、大河もすこしずつ「おしゃべり」(?!)するようになりました。おむつを替えたりするときに、文句をいうような声を出すのです。昨晩、体重を測るために服を脱いで、体重計の上に乗せられた大河は、寒かったのか今までで一番大きな声で泣きました!もちろん、普通に想像するような赤ちゃんの泣き声に比べたら、まだまだうんと小さな声なのですが、嬉しかった。「あ〜、ごめん、寒かったんだね〜。」と急いで服を着せながらも、大河の成長が嬉しかったのでした。

2006年05月22日

Preemie

カテゴリーの名前を変えてみました。PreemieというのはPremature Baby, つまり未熟児のことです。未熟児というとなんだか少しだけ否定的な感じがするので(私の考えすぎかもしれませんが)、Preemieというかわいい響きの方を使うことにしました。

2006年05月21日

兄弟ご対面

大河は生まれてからずっと入院していて、最初の頃はかなり深刻だったので、なかなかお兄ちゃんの陽に会わせることができませんでした。大河が3週間くらいになったとき、はじめて陽が病室に来ました。ママが大河を抱っこしていて、パパが陽を抱っこして、ほんの数秒だけご対面。そのときに、大河がふっと微笑んでくれたような気がして、ついつい涙が出てしまいました。
陽はわかっているのかいないのか、家で「りんちゃん(大河がおなかにいたときのニックネーム)だぁれ?」と聞くと、「おとうと。」「おとうとの名前は?」「たっつが(たいが)」と答えてくれます。たまに間違えて、「あっくんく(あきら)」と自分の名前を言ってしまうこともありますが(笑)。今週は大河がドアの近くのお部屋に移って、しかもそれが陽がよくママを待っているときにおばあちゃんやパパと遊んでいるプレイルームのすぐ向かいだということもあって、パパに何回が陽を病室に連れてきてもらいました。陽は大喜びで大河を指差し、「おとうと、おとうと」と。大河のクリブは高い位置にあって下からでは顔がよく見えないため、パパに抱っこして大河を見せてくれとせがんでいました。陽、いいお兄ちゃんになりそうですね。

おまけ:アンパンマンとトーマスの洋服がお気にいりの陽。トーマスはいつもみんなに「あら、トーマスね。」と言ってもらえてご機嫌。それに気をよくしたのか、昨日はシャツについているアンパンマンを指差して、お医者さんに「アンパンマン」と誇らしげに話しかけていました。でも、アメリカ人にはアンパンマンはわかってもらえず、「はあ??」と。納得いかなかった陽、「アンパンマン、アンパンマン、アンパンマン!」と繰り返してました。トーマスはみんな知ってるんだけどね。

 

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