航空機搭乗〜現地到着編

 

≪目次≫

出発準備編

海外生活と病気/現地の情報収集/予防接種−外国との違い−/
大人の予防接種

航空機搭乗〜現地到着編

航空機搭乗の注意/時差ぼけ/到着してまずやるべきこと

現地生活編

<病気、事故、怪我>

ウィルス性の病気

高山病 脱水 カバ 大気汚染 下痢症(軟水/硬水)腸チフス 肝炎 アメーバー赤痢 マラリア デング熱 
ウェストナイル熱

<寄生虫による病気>

食べ物からうつる寄生虫   蚊やハエなどからうつる寄生虫 
皮膚から入り込む寄生虫 

<暑さへの適応>

<鳥インフルエンザについて>

<SARSについて>

<女性が注意すべきこと>

その他の注意点

 ワクチンを打って、準備もできて、さて飛行機に乗りましょうというとき、皆様ご存知だと思いますが、出産後7日以内、あるいは予定日から28日以内の妊婦は通常、飛行機に乗せてもらえません。これは日本だけではなくて、外国のエアラインもほぼ同様だと思います。ただし、産婦人科医の診断書があれば飛行機に乗ることを許可されることがあります。国際線の場合、14日以内ですと、産婦人科医が一緒に乗らなければ飛行機には乗せてもらえないはずです。


 それから虫歯です。飛行機の中は0.7気圧と気圧が低くなっています。標高2,000mほどの場所とほぼ同じですね。閉鎖空間に溜まっている空気が膨張しますから虫歯が痛くなったりすることがあります。子どもの場合かぜだと思っていたら実は中耳炎があって、離着陸の前後20分くらいの急激な気圧の変化により、むずがりだしたりすることがあります。

 エコノミークラス症候群(私たちはDVTと言っています)については、もう皆様もご存知でしょう。

 それから感染症です。意外と知られていないのですが、風疹、麻疹、おたふくかぜ、水疱瘡といった病気を発症した場合、10日間以内は医者の診断書がないと飛行機に乗せてくれないことが多いのです。

 検疫の問題もあります。去年、SARS騒ぎがありました。外国に住んでおられる日本人は、SARSになったらとにかく日本に帰ろうと皆様考えますが、それは実際には難しいと思います。1類感染症について、航空会社は搭乗を拒否できるからです。このことは後でもう少し申し上げます。

 飛行機といえば、時差ぼけの問題もあります。東に向かって行く場合と西に向かって行く場合とでは、時差ぼけのひどさが全然違います。東向きというと、例えばハワイです。西向きというと、東南アジアとかヨーロッパです。人間にとって、時差が後ろのほうにずれていくのは割に楽なのですが、遡るのは難しいのです。我々の経験則でも、夜更かしは割に容易にできても早起きはなかなか難しい。時差ぼけを見越して旅行プランを立ててほしいと思います。時差ぼけは、どんなに頑張っても1日2〜3時間しか矯正できません。例えば、マラソン選手がアテネに行こうと思ったら、時差が10時間ですから、少なくとも5日か1週間前には行かなければいけないということが分かります。

 理由ははっきりわかりませんが、時差ぼけから早く回復するためには、日光に当たるのがいいと言われています。眠くても早起きをして日に当たり、軽く運動をしましょう。ヨーロッパやアメリカでは、メラトニンというサプリメントがドラッグストアで普通に売られています。メラトニンというのは松果体から分泌されるホルモンの一つで、夜の12時くらい、つまり寝入りばなに血中濃度がピークになります。寝る1時間くらい前にメラトニンの錠剤を飲めば、時差ぼけに有効だと言われています。ただ、使われ始めてまだ10〜15年くらいですから、長い目で見た副作用のデータはまだありません。内服量の問題もあります。普通1mgとか5mgといいますが、実際は0.5mgで効く人もいますので、どれくらいの量で効果があって、また安全なのかということが分かっていないのです。それから材料の心配があります。最近はないと思いますが、以前までは牛の松果体からつくったメラトニンが市販されていました。私は自分ではメラトニンを使っていますが、クライアントには勧めていません。それよりも時差ぼけに対しては陽に当たって運動してくださいと申し上げています。


赴任先での留意点

情報を集める

 いよいよ赴任地に着きました。さて何をするか、ということをちょっと考えてみましょう。まず生活のこと、使用人のこと、病院のことなど、いろいろ引き継ぎを聞かなければなりません。職場にも医療関係者がいるかもしれません。現地に顧問医師がいるのであれば最初に会っておくといいですね。

 日本大使館にはぜひお立ち寄りください。在留届を出していただきたいし、途上国にある日本大使館には私の同僚である医務官がおりますので、何かお役に立てるかもしれません。また、外務省と海外法人医療基金等が共同で発展途上国へ巡回医師団を派遣し無料で健康相談を行うスキームがあります。巡回が実施される時期等の情報も尋ねてみてください。それから現地の日本人会、企業の法人会には詳しい現地情報があるでしょう。

 子どもを連れての赴任の場合、おそらく学校や保育園を見学されるでしょう。それと同時に、病院やクリニックも見学しておいてほしいのです。病院がどこにあるのか、外来はいつやっているのか、支払いの方法はどうなのかといったことを自分の目で確かめておかなければ、いざ病人が出たときに戸惑いがちです。「かかりつけの医師」(アテンディングドクター)も見つけておくといいと思います。懇意になって自宅の電話番号を教えてくれたり、あるいは往診をしてくれるようになれば心強いものです。

 生活はまずリラックスしてスタートしてほしいと思います。最初の1か月は、引っ越しがあったりしてみんな緊張しています。そこで頑張り過ぎないことです。

 

事故、怪我

 外国に着いてしばらくして行動範囲が広がったころ、意外なところで怪我や事故に会うことがあります。まず交通事故です。途上国では交通マナーが悪かったり、整備不良車が野放しになっていることがあります。私自身はイギリスで歩道を歩いていたら、ブレーキが故障した乗用車が歩道に乗り上げて来て、後ろから跳ね飛ばされたことがあります。思いもかけない出来事でした。

 事故が起きやすいもう一つの場所は海ですね。比較的危険なものとして、ジェットスキーがあります。いわゆるスキューバダイビングは比較的安全でしょうが、水上にポンプをおいてパイピングで下にいる人に高圧の空気を送るタイプは危険だと言われています。ホテルでは酔っぱらってベランダから落ちたり、子どもがプールサイドで滑って転ぶといったことがままあります。


病気

 標高がだいたい2,000mを越えてくると高山病の症状が出ることがあります。高山病には2種類あって、一つは肺に水が溜まる肺水腫、もう一つは脳浮腫です。脳浮腫は若い人のほうがなりやすいと言われています。これは年輩の方は脳が萎縮しており、多少脳が腫れても脳圧が上がってこないからだと言われています。肺水腫は年齢に関係なく起こります。心臓病やほかの病気があればそれだけ肺水腫の危険性は増加します。

 注意してほしいのは、前回は大丈夫だったが2回目、3回目に高山病になってしまうということがままあるということです。そういう場合は速やかに低地に降りてください。登山家などにはダイアモックスという薬を処方することがあります。これは、利尿剤の一種で、どうして高山病によく効くのかというメカニズムは完全には分かっていないようです。

 高温環境では、脱水に注意しましょう。水だけ飲んでも脱水からは回復しません。塩分が必要です。よく言われているのは、ミネラルウォーターに塩を少し入れてレモンかグレープフルーツを絞って入れたものを飲むと効果があるということですね。また、脱水から完全に回復するためには炭水化物が必要です。炭水化物がつくるエネルギーで体内で水を移動させるというふうに考えてみてください。このように考えますと、お茶を飲みながらちょっとしょっぱいおにぎりを食べるのがいいなということが分かります。

 それから南太平洋に行くと、カバ(Kava)とかビートルナッツといった嗜好品があります。ビートルナッツは「びんろう」のことで、台湾や東南アジア、オセアニアではガムのように噛まれています。石灰と一緒に噛むと真っ赤になります。現地に溶け込むには現地の人と同じことをやらなきゃだめだというのでこれをやる人がいますが、口腔癌、舌癌の原因となりかねないと言われています。資料の写真は、去年の元旦に撮影したアフガニスタンのカブール市内の写真です。何を見せたいかというと、大気汚染です。途上国で、今も有鉛ガソリンを使っている途上国では、大気汚染から鉛中毒が問題となることがあることを覚えておいてください。

 話が前後しますが、旅行者下痢症について少し触れておきます。

 皆様よく軟水、硬水ということをおっしゃいます。ヨーロッパは硬水ですから、ヨーロッパに行って水を飲み下痢をするということはけっこう多いようです。私は以前、パキスタンにいましたが、パキスタンに来た日本人はみんな一度は下痢をしました。我々はそれを「パキ腹」と言っていました。もちろん水道水はフィルターにかけて煮沸して飲みます。それでも下痢をするので、不思議でした。原因は水の硬度にあったのではないかといまは思っています。

 カンボジアでは井戸水を使うことが多いそうですが、砒素汚染が問題になっています。砒素はフィルターを通しても煮沸してもなくなりませんから、蒸留するかミネラルウォーターを飲むほかありません。それから、飲用水にはよく注意する方でも、氷に無頓着な方がいます。氷を作る元の水が汚染されているかもしれません。

 下痢をしてもすぐには下痢止めを飲まないようにしてください。下痢というのは、腸にある有害なものを少しでも早く外に出そうという生体防御のメカニズムでもあるのですから、そこで下痢止めを飲んでしまうと、毒素がいつまでたっても腸管内にあるということになってしまいます。中国の漢方では、下痢のときに下剤を飲ませることがあるそうです。えっと思いますが、なるほど中国3,000年の知恵があるという気がします。

 下痢は英語でなんと言うかご存知ですか。「ダイアレア」ですが、病院に行って「ダイアレア」のおしまいの「レア」にアクセントを置いて発音してもなかなか通じません。最初のダに最大の、レに小さなアクセントがあります。発音しにくければ「loose bowel」(軟便という意味です)という言い方をしたほうが通じます。

 このほかにも食べ物から感染する病気はたくさんあります。コレラは最近減ってきました。しかし、腸チフスはいまでもインドではめずらしくありません。アフガニスタンでは去年、日本人だけで10人以上かかっています。

 腸チフス(発疹チフスと紛らわしいのですが、まったく別の病気です)は、そう簡単にかかる病気ではありません。腸チフスを発症するには、この菌を相当量飲み込まなければならないからです。もし腸チフスが流行していれば、上水道がかなり汚染されている可能性が高いということになります。カブールの日本人の間で腸チフスが流行した原因は井戸水にありました。井戸に現地使用人のトイレの汚水が混入していたのです。腸チフスは潜伏期が長く普通20日間くらいあります。発症までの潜伏期が長いため、原因はなかなかつかみにくいことがあります。腸チフスの治療薬としては、タリビット、それから炭疽菌の治療薬として有名になったシプロキサンの二つが特効薬です。通常は飲み薬が使われますが、外国に行くと点滴製剤も多用されます。最近、ネパールやインドでニューキノロン耐性の腸チフスがだんだん増えてきており、非常に心配しています。私の同僚がカブールで経験した症例をご紹介します。20代の男性がある日お昼ごろから体がだるくなり発熱しました。翌朝、頭痛やだるさは続きましたが、熱が下がって意識ははっきりしていました。受診時には便秘があり、脾臓が腫れて脈の乱れがある。血液検査で肝機能の軽度の異常が出ていたため、その医務官は腸チフスを疑い、タリビットを処方しました。熱も下がり頭痛も軽くなったので、いまのうちだということで日本に帰したのですが、日本の病院で血液培養をしたところ、案の定、チフス菌が発見されて治療を受けたそうです。この方は水道水をそのまま飲んでいたということでした。

ウイルス性の病気

 肝炎については皆様ご存知だと思いますので、簡単にお話しておきます。強調しておきたいことは、A型もE型も治る病気なのですが、妊婦がE型肝炎にかかると流産の原因になるということです。出血傾向のために1割ほどの確率で流産します。ですから私は、E型肝炎の流行している途上国では、妊娠したら早めに帰国してほしいと常々思っています。

 寄生虫では、アメーバー赤痢は最近ずいぶん減ってきました。けれども、頑固な下痢の原因になる「ジアルジア」(英語では「ジョルディア」と言います)というものもありますし、アメリカではクリプトスポリディウムという寄生虫病で下痢が流行ったりしました。また、サイクロスポラはネパールなどでは雨季に流行します。

虫が媒介する病気

 虫に刺されてかかる病気についてもお話しておきましょう。マラリア、日本脳炎、デング熱、フィラリア、リーシュマニアなどいろいろありますが、まずマラリアから話をします。

 日本人旅行者がどこでマラリアに感染したか調べたデータを見ると、インドネシアでかかった方が非常に多いことに驚かされます。インドやタイも多いほか、オセアニアではパプアニューギニアが非常に多かった。アフリカは国ごとに見ると少なく見えますが、全体として見ると一番多いことが分かります。しかも熱帯熱マラリアが多いのが特徴です。

 熱帯熱マラリア(我々はファルチパールムと言います)は放っておくと命にかかわることが多いのです。三日熱(バイバックス)マラリアは、どちらかというと良性のマラリアですが、1回治っても再発してくることがありますので厄介です。5年、10年経ってから再発することもあります。日本では熱帯熱にしろ三日熱にしろマラリアに一度でもかかった方は輸血ができないと定められています。熱帯熱マラリアと同時に三日熱マラリアに感染している可能性があるわけです。

 熱帯熱マラリアの潜伏期は普通4日くらいです。しかし、2〜3週間のこともあります。マラリアの症状というとまず発熱を思い浮かべますが、実際には初期の症状は肩こりとか下痢(軟便)くらいのことも多々あります。どうもお腹がゆるいということで発症していることも多いので、流行地では、熱が出たらすぐ病院に行ってほしいと思います。4日というのは非常に大事です。4日以内に診断治療を始めれば治ります。1週間を過ぎてしまうと治療が難しいし、治ったとしても後遺症が残ることがあるのです。

 治療薬はいろいろあります。日本で認可されているのは、メフロキンとファンシダールとキニーネの三つですが、外国ではマラロンやアーテスネートという薬がごく一般的に使われています。効果的で安全な薬ですから、外国に行ってこの薬を処方されても怖がる必要はありません。マラリア流行地に行く場合は、あらかじめ予防薬を服用して行くことがあります。これを予防内服と言います。法律論を含めて、予防内服についてはいろいろな意見があるので、日本版のガイドラインを作成しているところです。それから、マラリアについては、スタンバイ治療ということが言われています。奥地で、近くに医者も病院もないような場合には、あらかじめ薬を持参しておいて自己判断で内服するという考え方です。こういった発想が出てきた背景には、海外ではマラリア簡易迅速診断キットが普及して、ある程度は自分でマラリアの診断ができるようになってきたことがあります。ここに現物がありますので後で見ていただきますが、血糖の自己測定と同じように、指に針を刺してその血液を試験紙にアプライズすればマラリアの診断ができるというキットが、外国では既に市販されています。ただし、これも非常にコントロバーシャルです。簡単なキットですが、うまく診断ができない場合がままあります。熱が39度もあって悪寒戦慄がきているときに、英語のマニュアルを読んで正確に操作することは、実際には大変難しいようです。こうした情況のなかで、専門家の間では予防内服とスタンバイ治療についての議論が行われているところです。

 マラリアの検査・診断は、採血して血液をプレパラートに敷き、顕微鏡で見ます。発症していると、血液中にマラリア原虫が見えてきます。それよってマラリアであると判断するわけです。途上国で通常行われているこの診断方法ではoverdiagnosisもunderdiagnosisも起こりえます。ですから一度の検査でその結果を鵜呑みにしないで、2度、3度と検査を受けてほしいということを強調しておきたいと思います。

 マラリアを媒介するハマダラカは、夕方から明け方にかけて人を刺します。多くの本には日没後と書いてあります。ですから、午後6時が日没でしたら6時にならないと刺さないわけではなくて、実際には夕方から刺します。午後4時から6時の時間帯にかけて吸血行動がピークになる蚊もいることが指摘されています。午後3時を過ぎたら長袖、長ズボンに靴下をはいて、虫よけスプレーを使うことは大事です。

 蚊によってかかるもう一つの病気はデング熱です。刺されてから1週間くらいすると熱が出て、筋肉痛、関節痛といった症状が目立ちます。頭痛は、頭全体が痛いというよりも目の奥が痛いという感じです。マラリアでは普通発疹はありませんが、デング熱では発疹が出てきます。最初は体幹に出て、体中に広まっていきます。発疹が出るのに前後して血液検査をしますと、血小板がだんだん減っていきます。私が見た症例では、血小板が13,000くらいまで下がりました。熱は39度もありました。どうしようかなと悩みながらボルタレンの坐薬を使いましたが、正直に言って出血傾向が出ないように祈るような気持ちでした。なかなか解熱せず、1週間から10日かかりました。解熱してほっとしていると、今度はGOTやGTPが300とか500くらいに上昇して来ます。これは元通りに治るまで3週間から1か月かかります。困ったなと思って見ていると、今度はメンタル面で鬱傾向になる。このようにデング熱にかかると職場復帰まで1か月くらいかかってしまいます。鬱傾向の場合もありますから、熱が下がったからといって早く会社に出て働きなさいというわけにもいきません。その人を追い込んでしまうことになるからです。マラリアもデング熱もヒトからヒトへうつることはありません。

 媒介するのはネッタイシマカとかヒトスジシマカという蚊です。都市部で多く生息しています。シンガポールでもいまでも流行が報告されていますし、ニューデリーやジャカルタでも流行しました。ハワイ、台湾、それからオーストラリアのケアンズでもあるそうです。またブラジルなどラテンアメリカでもそうです。2003年には、フィジーから帰ってきた日本人からデング熱がけっこう出ています。昨年は、確か36人くらいの罹患者がいたと思うのですが、そのうち9人がフィジー帰りでした。この蚊は昼間に刺すので、マラリアも予防したい、デング熱も予防したいとなると、昼も夜も虫避け対策をしなくてはいけいけません。

 先に述べたようにデング熱の怖いところは、出血傾向が出てくること、あるいはショックを起こすことがあることです。デング出血熱やデングショック症候群と呼ばれます。後者の病態はhypovolemic shockで、不穏状態からショックをきたします。こうなると入院治療が必要となりますが、死亡率は低いですから日本へ緊急移送するほどのことはないことがほとんどです。

 次にウエストナイル熱について簡単に触れておきます。アメリカへ旅行する方が気になさっていますが、日本人でかかった方はまだいないのではないかと思います。蚊が媒介するウイルス病で、もともとアフリカ、地中海地域で多かったのですが、昨年ニューヨークに上陸し、現在は北米全土へと広がっています。渡り鳥によって広められ、蚊が発生する夏から初秋にかけて患者が増える様子です。感染蚊にさされても発症するのは概ね70人に1人程度と少ないです。そして発症しても普通は発熱くらいで済みます。しかしそのなかの少数が脳髄膜炎まで進展し、さらにその一部が亡くなります。死亡率は1,000〜1,500分の1の割合です。後遺症として麻痺が残る心配もあります。なおウエストナイル熱の原因ウイルスは、日本脳炎ウイルスとよく似ていますが、日本脳炎ワクチンを接種してもウエストナイル熱の発症予防効果はないそうです。

 蚊に刺されないようにしてくださいと申しましたが、具体的にどうしたらいいか考えてみましょう。長袖、長ズボンを着用することはもちろんですが、マラリア蚊の場合は足首を刺されることが多いので、ぜひ靴下をはいてください。また、就寝中に刺されることがままありますから、蚊帳を吊るということが途上国では大事でしょう。impregnated bednetといって、WHOが途上国で推奨しているものがあります。これは蚊帳に殺虫剤をしみ込ませるもので、多少蚊帳に穴が開いていても蚊は入ってきませんし、ずれてしまっても効果があります。依然、人体に対する悪影響はありません。殺虫剤を使っても大丈夫です。一部の国では、ハウススプレーといって、家の壁に長期間効果が持続する殺虫剤を撒布することがいまでも行われています。これは悪いことではありません。もし無料でやってくれるのであれば、やってもらっていいと思います。蚊は昼間のうちから家の中に入り込んで、壁の隙間や家具の後ろに潜んでいるのです。殺虫剤を撒布してあれば入ってきませんから、それだけマラリアのリスクが下がることになります。人体に直接塗布する避虫剤としてはDEET(ディート)が頻用されています。日本では濃度が10%前後の製品が販売されていますが、アメリカに行くと50%とか100%といった高濃度のものが手に入ります。濃度が高ければ、それだけ持続時間が長くなります。超音波式の蚊避けもありますが、私は効かないと思います。

 

寄生虫による病気

 話題を変えて、寄生虫の話をしたいと思います。これは楽しんで聞いてください。スライドの写真は「臨床寄生虫学スライド」(南江堂)から引用させていただいたものが多数ございますので、右申し上げておきます。広節裂頭条虫という寄生虫は、マスなどを火を通さないで食べると体内に入ることがあるそうです。お尻からひも状になって出てきます。江戸時代のものですが、広げると、長さが数m以上、10mほどになるものもあります。この寄生虫には口がなく、体表全面で栄養を吸収しますから、どんどん大きくなっていきます。一時、痩せ薬として利用された時期もあります。オペラが好きな方はご存知かと思いますが、20世紀にマリア・カラスという女性のオペラ歌手がいました。肥満体だったのがこれを飲んだら見事、ダイエットに成功したと言われています。東京医科歯科大学の藤田先生によりますと、感染症状はそんなに出ないとは言いながら、実際に試してみると、お腹が張るし、げっぷが出るので気持ち悪かったということですから、真似はしないほうがいいと思います。

 中国南部やタイからインドシナ半島でライギョを生で食べますと、しばらくして顔が腫れてくることがあります。これは寄生虫が原因で、顔が腫れるだけならいいのですが、目に入ると失明することがあります。沢ガニ(上海ガニでも同じですが)は必ず火を通して食べましょう。生で食べたりすると、しばらくして胸痛が出てきて血痰をはいたりします。胸部レントゲン写真では肺胸虫症は肺癌との鑑別が難しいことがあります。丈夫な覆殻を持ち乾燥に強い回虫の卵は、十分に洗っていない野菜などを食べることで体内に入り、お腹の中で孵化し小腸で成虫になります。便中に排泄された卵が食べ物を介してまた人間に入ってくるというサイクルになります。回虫は腸に留まっていればまだいいのですが、非常に動きが活発な寄生虫ですから、胆道を逆行して肝臓の中に入り込んだり、女性の場合、膣から卵管にまで入り込んで腹膜炎を引き起こしてしまったという例もあります。

 蟯虫の卵は、楕円形で、片方が膨らんだ独特の形をしています。途上国の保育園とか幼稚園で、ときどき集団発生することがあるようです。現在はどうか分かりませんが、私がパキスタンにいた1996年ごろには、イスラマバードの日本人学校では年に1回、学童、先生方全員にコンバントリンを飲ませていました。コンバントリンは腸管からほとんど吸収されないので、副作用が少ないですから、父兄、校医、日本大使館医務官がいろいろ相談してそうすることに決めたということでした。これらはすべて口から入って起こる寄生虫病です。資料には英語名が入っていますので、ご覧ください。

昆虫からうつる寄生虫病

 マラリアを媒介するのと同じくハマダラカに刺されてかかる病気にフィラリア症があります。象皮病とも呼ばれ昔は日本にもあったことが分かっています。寄生虫がリンパ管の中で増殖してリンパ浮腫を起こすわけです。乳癌の術後に上腕のリンパ浮腫が起きますが、象皮病ほど酷くはなりません。衛生状態が悪くてリンパ浮腫に細菌感染で合併して初めて象皮症まで進行するのです。コスメティックな問題が差別に結びつくことが多いそうです。有名なツエツエバエからはトリパノソーマという寄生虫が体内に入ってきて、アフリカ眠り病という病気の原因になります。綴りはtsetseですが、アメリカ人の発音を聞くと、「テッツェフライ」と聞こえます。

 サシガメというきれいな大型昆虫は、ラテンアメリカ諸国で見られ、別名キッシングバグと呼ばれます。夜寝ている人間の血を吸う姿がキスをしているのと似ているのです。吸血により感染するシャーガス病はラテンアメリアの風土病です。アフリカ眠り病と同じくトリパノソーマという寄生虫が原因ですが、ラテンアメリカでは中枢神経よりは末梢神経に親和性が高く、消化管が神経麻痺を起こしてメガコロン、あるいはメガエソファーガスとなったり、心臓の不整脈が出たりします。

 小さなハエですが、サンドフライ(サシチョウバエ)に刺されると、皮膚が黒ずんで脾臓が腫れて貧血になってきます。これが内臓リーシュマニア症で、カラアザールとも呼ばれています。自衛隊が派遣されているイラクでは、皮膚のリーシュマニア症が流行っており、イギリスやアメリカの兵隊の中からは現に患者が出ています。以上は虫に刺されてかかる病気ですが、今度は皮膚を通して入ってくる経皮感染の寄生虫病をいくつか見てみましょう。

 宮入貝、英語でオンコメラニアなどの貝には寄生虫が入り込んでいます。この貝が生息する水田などに素足で入ると、住血吸虫の幼虫(セルカリア)が皮膚を貫いて我々の体の中に入り込んできます。進入した部位には、ぽつぽつと発疹が出ます。体内では、我々の門脈に好んで生息します。血管内に住むので住血と呼ぶわけです。昔は日本でもずいぶんありました。いまでも北アフリカや東南アジアではめずらしくなく、腹水が溜まっている可哀想な子どももいます。いまはプラジカンテルという薬ができたので治るようになりました。

 ビーチで寝そべっているとみみずばれが出てくることがあります。多くの場合は、犬の寄生虫が間違って人間に入り込んだためです。犬の寄生虫ですから、我々人間の身体の深部には潜り込むことができません。そのため皮下を寄生虫が動き回る皮膚爬行症となります。この寄生虫はビーチだけではなく町中にもいますので、どうか裸足で歩いたり、裸でビーチに寝そべったりしないでください。

暑さへの適応

 暑いところでの注意点について少し話をしておきましょう。

 高温環境に入りますと、だいたい1か月から2か月くらいで適応が完成します。そのときに我々の体で何が起きているでしょうか。汗腺の数は変わりませんので何が変わるかというと、汗をかくのが早くなり、薄い汗を大量にかくようになるのです。意外なようですが、汗かきになるわけです。高温暴露ですぐ大量の汗をかけるように、体の中の水分量がやや増え、体重は5%程度増加すると言われています。暑さへの適応を早めるためには、暑いなかでやや激しい運動を毎日30分くらい行うといいのです。熱帯に行ってもエアコンの効いたホテルに閉じこもっていたら、いつまでたっても適応できません。寒さの適応はこれと逆です。体内の水分量が減少し体重は少し減るはずですが、中長期的には皮下脂肪がついてきて、徐々に体重が増えてくると思われます。

鳥インフルエンザについて

 鳥インフルエンザについては、日々情報が入り乱れているのであまり触れたくないのですが、少しだけお話ししておきます。

 渡り鳥はもともとインフルエンザウイルスを持っています。このなかで、ニワトリや七面鳥などにうつり、強い毒性を示すものを高病原性鳥インフルエンザと呼称します。インフルエンザは渡り鳥では普通は無症候の局所感染で、キャリアになってウイルスをまき散らします。これが家禽類に感染すると、腸管感染にとどまらず全身感染を起こして死亡します。そういう意味で、家禽ペストという言い方をしていました。ただ、いま流行している高病原性鳥インフルエンザは、渡り鳥でも病原性が強いように思われます。

 インフルエンザウイルスの構造ですが、1万分の1くらいの大きさの粒子で、その表面にはヘマグルチニン、それからノイラミニダーゼがございます。内部にはRNAが8本あります。皆様ご存知のように赤血球凝集素(H)とノイラミニダーゼ蛋白(N)の組み合わせでインフルエンザの型を区別しています。現在、Hは1から15まで15通り、Nは1から9までの9通りあることが分かっています。渡り鳥はこの全部を持っています。現在確認されている高病原性鳥インフルエンザはこのなかの特定の組合せです。H5N1が非常にいわれてますけど、H7N7というのも去年ヨーロッパで流行りました。ヒトのインフルエンザはH1N1スペイン風邪、H2N2アジア風邪、H3N2香港風邪、H1N1ソ連風邪というようにたいていこの3種類に限られており、現行のワクチンはH1N1、H3N2、プラスB型インフルエンザを念頭においてデザインされています。ヒトのインフルエンザというのはこの3通りがメインですが、H5N1、H7N7、H9N2が人にも感染し重症化するということが分かってきたんですね。インフルエンザには多種の哺乳類にも感染します。1970年代には競走馬に流行して、関東で競馬が中止になったことがありました。そのほかにも、ミンク、アザラシ、クジラなどいろいろな生き物にうつります。

 現時点での私の個人的な意見なのですが、高病原性鳥インフルエンザはそう簡単には人にうつらないと思っています。ただ、一度うつって発症すると重症化する恐れがある。WHOや保健省が一番心配しているのがブタで、あるいは人が、高病原性鳥インフルエンザとヒトのインフルエンザに同時感染すれば、遺伝子が再集合(遺伝子の一部が入れ換わること)して、人での感染性が強い強毒型のインフルエンザが世界的に大流行するのではないかということです。

 我々の対処法としてはまず予防接種が勧められています。北半球型の予防接種と南半球型の予防接種とでは、同じH1N1、H3N2なのですが、タイプが微妙に違うことがあります。アメリカでは昨年から、スプレー式の生ワクチンが許可されています。これがなかなか有望です。

 また、インフルエンザは専ら飛沫で感染しますから、人混みは避けましょう。SARSで有名になったN95マスクも有効です。それから接触感染を防ぐために手洗いをきちんとやってほしいと思います。途上国では外出するときは手袋を着用し、家に帰ってきたら脱ぐだけでもずいぶん違うと思います。それから加湿です。インフルエンザのウイルスは湿度が低いと感染性が長く維持されますから、部屋を加湿しましょう。

 インフルエンザの薬は3種類あります。アマンタジンは耐性が出やすいとされています。現在広く使われているのはオセルタミビル(タミフル)です。卵アレルギーがあってインフルエンザのワクチンが打てないとか、ハイリスクの方には、非常に高い薬ですがタミフル予防内服を勧めることがあります。小児用のタミフルは0歳児未満では使えませんが、1歳以上では使えます。大事なことは、大人用のタミフルは有効期限がおよそ4〜5年ですが、子ども用のタミフルは顆粒製剤ですから、有効期限はいまでも1年です。保管についても、10度以下という条件があります。

 インフルエンザの対症療法としては抗生物質も重要です。ウイルス感染には抗生物質を使っても無駄だという議論がありますが、細菌感染と合併することでウイルスの感染性が増強するのがインフルエンザの特徴ですから、私はある程度積極的に使ってもいいだろうと思っています。また、インフルエンザにかかったときに解熱鎮痛剤を使うと脳症を起こすことがあります。インフルエンザ脳症といいます。子どもには解熱薬は気を付けて使わなければいけません。

SARSについて

 時間がなくなりましたので、SARSについては一つだけお話しします。

 外国、とくに途上国でSARSにかかった場合、日本に帰って来れるかどうかということです。病人を運ぶ専用の会社があって、SARS患者移送用チェンバーを開発しています。ですから技術的には不可能ではなくなってきました。しかしながら、その国からの出国許可がおりないと思います。それから航空会社も、おそらく搭乗を認めないでしょう。また、例えばカンボジアでSARSにかかり、タイ経由で日本に帰ろうとした場合に、タイの当局が中継地の乗り継ぎを認めないかもしれません。こうしたロジスティックスの問題がありますし、それを全部解決して日本に帰って来たとしても、検疫により医療機関に収容されます。これは検疫所の「委託停留」という措置で、成田空港であれば、成田空港側の成田日赤病院の高度隔離病棟に搬送されると思われます。病院を選ぶ自由はおそらくないでしょう。
 もう一つ、飛行機の中でSARSの疑いがある患者がいたとします。もしSARSと確診されていれば、先ほど申しあげたように飛行機に乗れませんので、機内で疑い例が見つかった場合ですね。この場合、その患者に接触した乗客は、日本に帰ってから健康監視下におかれます。概ね2m以内に座っていた方が、SARS患者と接触したと考えられることになっています。トイレや通路ですれ違っただけでは対象になりません。



女性が注意すべきこと

 最後に、女性がたくさんいらっしゃるので、次の話だけして終わりたいと思います。途上国では感染症のリスクがあるのですが、妊娠中はテトラサイクリン、エリスロマイシンなど、使えない抗生物質がけっこう多いことを思い出しましょう。マラリアの治療に使われるテトラサイクリンが使えないというのは非常に大きいです。そのことを知ったうえで出かけてほしいと思います。

 それから、先ほども申し上げましたが、妊婦がE型肝炎に感染すると、母体と子ども両方とも死亡率が20%ほどとされています。デング熱の場合も、流産の確率がかなり高いことが知られています。

 嫌な話ですが、レイプの可能性もあります。その場合は、素早く対処してほしいと思います。メンタルサポートも必要ですし、例えば、避妊に関してはアメリカでは、デイアフターピルとしてPREVEN、あるいはPlan Bが市販されています。PREVENは2錠飲んで12時間後にもう2錠。Plan Bは2回1錠ずつ飲むことで避妊できます。HIV感染についてはいろいろな説がありますが、暴露後治療、あるいは暴露後予防ができるのではないかという説があります。28日間薬を飲むというのもあれば、ネビラピンという薬をだいたい2日間飲めばいいという話もあります。ただ、コントロールスタディはもちろんできませんから、実際の予防効果はどうなのかは分かりません。申し上げたいことは、もしエイズが流行している国で襲われてもまだやれることがある、そういう気持ちを持って一時も早く病院にかかってほしいということです。

 最後に、過去4年間に在外公館で働いている日本の大使館員が病気や怪我でMEDVACされた事例をまとめてみました。件数は4年間で20件ほどですが、どんな原因で搬送されてきたかを年齢別に見ますと、20代ではデング熱が2例ありました。ストレス性の潰瘍で出血して運ばれた例もありました。そのほかはスポーツでアキレス腱を切ってしまった、あるいは交通事故でした。これが40代になってきますと、男性ばかりなのが不思議なのですが、交通事故、スポーツ中の怪我が多くなってきます。スポーツ中の怪我と申しましても、日本人会の運動会で、「おれはまだまだ若い」とハッスルし過ぎて鎖骨を折ってしまったといった事例です。年齢が50歳を過ぎますと、脳梗塞とか心筋梗塞といった成人病、慢性疾患が出てきます。このように年齢によって注意すべき点が違ってくるということ、つまり若い方は感染症と怪我、40歳を過ぎたら自分の体力を過信しない、50歳以上の方は日頃の健康管理が大事であることが分かります。時間がきましたのでここまでにいたします。ご清聴ありがとうございました。