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平成17年度海外母子保健情報セミナー

日時:平成18年2月6日(月) 
   13:00〜16:40

会場:ウイメンズプラザ 
東京都渋谷区神宮前5-53-67

主催:財団法人母子衛生研究会

後援: 厚生労働省 
社団法人日本経済団体連合会
講師紹介(敬称略)

金川 修造(かながわ しゅうぞう)

略歴:
山形大学医学部卒
1982国立病院医療センター(現国立国際医療センター)小児科研修医・レジデント
1989国立国際医療センター国際医療協力部(現国際医療協力局)派遣課員
JICAプロジェクトでエジプト、パキスタン、ベトナムに長期赴任
1994 ハーバード大学公衆衛生大学院 武見フェロー
2004国立国際医療センター国際疾病センター渡航者健康管理室医長
主な研究領域:国際保健医療協力・母子保健・災害医療・旅行医学
主な著書:『国際保健医療協力ハンドブック・国際保健医療学』など


※二の演題のうち、「海外赴任・帰国時の母子のメンタルケア」(津久井要 労働者健康福祉機構 海外勤務健康管理センター 研究情報部)については、平成16年度講演でHP上にアップしていますので、今回は「海外赴任前の注意〜健康管理と予防接種〜」を掲載いたします。

海外赴任前の注意

――健康管理と予防接種――

金川 修造
国立国際医療センター国際疾病センター
渡航者健康管理室医長


海外赴任に際しての健康管理の原則

私は、「渡航者健康管理室」というところで、海外に出かける人を対象に健康診断や渡航前相談、予防接種を行ったり、海外で病気になって緊急帰国されたり、あるいは帰国後体調を崩されたりした方の診療する、そういう部門を担当しています。そこで、いつも皆さんにお話ししていることがあります。それは、「自分の健康を守るに当たっては、三段階で注意してください」ということです。

 原則は、自らの健康管理は自らが守るという自己責任において行うということです。いつも自分の健康のことを考えて過ごすということは現実的には難しいかもしれませんが、自分の健康をどう守るかを折に触れ意識することは健康管理をするに当たって大きな要素となります。

健康管理

感染症対策(予防)
–飲料水・食べ物
–体調管理 渡航前後と帰国前後数ヶ月
–昆虫対策 蚊・ダニ・ハエなど
–動物対策 ペットを飼う場合 野生動物
–ヒトの血液(体液)
–雇用者の健康管理(健康診断)

 さて、第一段階としては、情報収集です。海外に赴任することが決まったとき、自分自身病気にかかっていないか、赴任する地域ではどういう食べ物が食べられるのか、現地の医療状況はどうかなど、自己防衛するには、さまざまな情報が必要です。

 第二段階は予防です。赴任地では、できる限りのリスクを避けるという意識を持つことです。その1つが予防接種を受けて予防可能な疾患に備えることがあげられます。また、健康増進のために運動をして、生活習慣病などの対策とすることもいいでしょう。

 しかし、リスクを避けようと努力をしても、病気を避けられないこともあります。そのようなときに必要になるのが第三段階の医療保険です。医療保険があると、病気にかかった場合に経済的な心配をしないで、医療機関を受診することや、必要であれば日本に帰国して診療を受けることを選ぶこともできます。日本にいるのと同じような条件で生活する環境がつくれるのです。一つの病気に、100人のうち98人がかかるなどということはありえません。どんな病気でもかかるのは非常に少数の方です。そういうことを考えると、ほとんどの人には健康上何も起こらない、異常をきたすほうが少ないのが現実ですが、いざというときのために、医療保険に入っておくことが大事です。

 非常時に対する準備については個人差があります。自分できっちりやろうと考える人と、まあなんとかなるだろうと思っている人では、健康に関するリスクにかなりのへだたりがあります。そのような行動形態の違いによっても、あるワクチンが必要か必要でないかに変化が出てきますので、私のところでは個人個人に対応して、「あなたはこうですよ」ということを個別にお話ししています。



健康管理上欠かせない健康診断、慢性疾患対策、体調管理

 自己責任における健康管理について、もう少し、具体的に見てみましょう。

 まずしなければならないのは、出発前に自分の健康状態がどうかを確認することです。企業では、毎年健康診断を行っているはずですが、個人で海外へ行く人のなかには、長い間健康診断を受けていない人や、調子が悪いと思いながら放置している人がいます。長期で海外に派遣される場合は、派遣する会社に派遣される方の健康診断が義務付けられています。個人で行く場合も、できるだけ健康診断は受けておくべきです。

 また、慢性疾患がある場合には、治療を継続しなければならないので、自分がどういう診断を受けて、どういう治療を受けているのか、医師に証明書を書いてもらう必要があります。薬を服用している場合は、赴任地で薬が入手できるよう、薬剤証明書が必要になりますが、薬剤証明書に商品名しか書いていないと海外では分からないので、英文で一般名、つまり薬品名を書いていただく必要があります。

 日本から薬を持っていく場合でも、1年分などという大量の薬は処方してもらえません。薬の確保をどうするかですが、会社から何かの手だてを使って送ってもらう方法をとるのか、それとも日本で使っている薬と同じ種類の薬を現地で処方してくれるところがあるのかを調べる必要があるでしょう。

 予防とは、体調を自分で管理するということです。食、寝、運動、これらを自分がどう続けるかです。それに加えて予防接種を考慮していただきたいと思います。



医療保険はどこまでカバーできるかの確認を

 ところで、医療保険は複雑です。慢性疾患の継続治療を全然カバーしてくれません。

 先ほど、医療保険があると安心だと申し上げたのは、現地で突発的に起こった病気に対して保険の効力があるということなので、慢性疾患を持っている場合には非常に問題になります。たとえば高血圧のあった人が脳卒中になったらどうするか。もともと狭心症を持っている人が心筋梗塞になった場合にカバーできるかどうか。現地で心筋梗塞になった場合は、新たな状況になって病気になったわけですから、本来はそこで起こったこととして対処してもらえばいいのです。しかし、保険会社によって受け入れてくれるところと受け入れてくれないところがあります。診療してくれたお医者さんの話し方や説明の仕方によっては保険金が下りない場合があります。

 ではお子さんが、喘息やてんかんを持っていたりする場合はどうするか。喘息があるといっても、一般には普通の状況であれば発作は起こらないので、環境の変化、ストレスによって発作が起こったのであれば、新しい環境になったが故に起こったという説明の仕方で保険適用になる可能性は十分にあります。したがって、同じようなシチュエーションでも、そういうときの話を保険会社の人から十分聞く必要があると思います。ほとんどの方が、自分の加入している保険で何がカバーされるかという保険の説明を読んでいません。たとえば、保険金で入院費がどれくらいまでカバーする保険に入っているのか。それから、入院が必要となった場合に家族を呼び寄せたり、日本に帰国して診療を受けたりするとき、加入している保険で対処できるかなどを知っておくべきだと思います。

 海外渡航に際して必要なワクチンの接種計画は、渡航先や個人の行動様式、これまで受けた予防接種などを考慮して作成しています。一般的に推奨されている予防接種としてA型肝炎、B型肝炎、破傷風、狂犬病、日本脳炎ワクチンがあげられていますが、腸チフスやダニ脳炎、あるいは髄膜炎菌ワクチンなど、国内で接種を受けることが難しいワクチンは、渡航先の医療機関を受診することをすすめています。

 
海外渡航者のかかる発熱疾患Big4対策

 海外の渡航者の発熱疾患のうち、いわゆる開発途上国でかかることが多い疾患に、マラリア、デング熱、腸チフス、肝炎があげられており、発熱疾患のBig4と呼ばれています。開発途上国に赴任する場合に、この4種類の病気にどう対処するかは重要なことですが、腸チフスにはワクチンがあります。

A型・B型肝炎に対してもワクチンがあります。ワクチンがある病気に対しては、予防接種を受けることが効果的な対策です。

マラリアに対しては、蔓延地に渡航する際には予防薬を飲むことがすすめられています。

デング熱にはワクチンや予防薬もないので、防蚊対策などの一般的な予防対策などを行うことが重要です。いずれの疾患に対しても予防対策が重要ですが、万一罹患した場合には、現地の専門病院を受診することがすすめられます。

 



日本とは異なる海外の予防接種事情

 日本では予防接種について自治体、保健所、保育園や幼稚園などからお知らせがきたり、自治体の広報誌などを通じてお知らせがあったりしますが、海外では、そのようなお知らせはきません。自分で覚えていて接種を受けないといけないわけです。また、日本では複数のワクチンを同時に接種することはあまりありませんが、海外では同時に行うことが多いということを覚えておいてください。

 海外渡航のために、任意で受ける予防接種の副作用に対する補償制度も海外では自己責任で受ける予防接種ということで一般的ではありません。途上国の場合には、ワクチンの品質に問題のあることもあります。しかも、相手とのコミュニケーションがとりにくいことを考えれば、出発前に接種して準備しておくほうがいいでしょう。どうしても時間がないときは、現地で信頼できるところを探して受診してください。


海外旅行傷害保険のチェックポイント

 スライド1は、海外旅行傷害保険の内容をチェックするポイントです。いわゆる支払限度額はどうか。受診可能な医療機関はどこか。受診した医療について保険会社が対応してくれて全然お金を払う必要がないのか、現金で払ってあとで払い戻しをしてもらうのか、カードで払うのか。保険会社がそのまま支払ってくれるということもあります。医療通訳の有無。保険会社によってはサービスで医療通訳を派遣したり、電話で通訳してくれたりすることがあります。以上のような内容を前もって全部チェックしてください。

 また、緊急輸送で入院の付添い人が必要なとき、それをつけることができるのかどうかということもあります。

 

感染症を予防するためきめ細かい対策を

 感染症を自分で予防するポイントは、スライド2のように、6点あります。まず飲み物、食べ物、特になま物です。水や食べ物でうつる病気には、スライド3のようなものがあります。口にするものでかかる病気がいちばんポピュラーで、普通に生活していてかかる可能性のある病気です。

 昆虫はどのように予防するかですが、虫除けは日本から必ず持っていく必要があると思いますし、蚊などに対しては長袖を着ることです。家のカーぺットなどに、特に暖かい地域でのカーペットにはダニがたくさんいる場合もあります。家で動物を飼っていると、ノミやダニがいるので、その注意も必要です。

 性行為でうつる病気もありますし、皮膚から直接うつる病気もあります、破傷風菌はどこにでもいるので、けがをしたときには気をつけてください。人から人にうつる感染症については、人混みに行かないようにすることです。

感染症対策(スライド2)

■水や食品
感染性腸炎、A型肝炎、腸チフス、細菌性赤痢、コレラ、腸管寄生虫症など

■昆虫や動物
狂犬病、マラリア、デング熱、黄熱、ウエストナイル脳炎、日本脳炎、ダニ脳炎など

■性行為
クラミジア感染症、梅毒、淋菌感染症、B型肝炎、HIV感染症など

■皮膚から直接
住血吸虫症、レプトスピラ症、破傷風など

■ヒトからヒト
SARS、高病原性鳥型インフルエンザなど

 スライド2に戻りますが、案外見落としがちなのが、この6番目です。開発途上国に行ったときは、メイドさんを雇う、家の仕事をしてもらう、ベビーシッターを雇うなどということもあるかもしれません。この人たちに感染症があるかどうかは普通確認しないものですが、実は、その可能性は非常にあります。特に、結核や肝炎などは、菌やウイルスを持っていても発病していない人がいるので、もしもそのような人に子どもの世話をしてもらうことがあれば、子どもにうつるかもしれません。ですから、自費を払っても一応そういう人たちの健康診断を行ってください。

 現地の病院でいいですから、健康診断をしてくださいということです。ただ本人に行きなさいと言っても、お金を払うのが大変で行かないと思います。雇用人の健康管理ということで、健康チェックをするのは親切でもありますし、自分のメリットにもなると考えてください。


慢性疾患の継続治療をどうするか決めておく

 慢性疾患、たとえば、高血圧や糖尿病などの生活習慣病、心疾患や腎疾患のある場合、非常に問題になることがあります。保険がカバーできない場合がありますし、相手の政府や病院で対応できない場合もあるからです。どうするか、自分でしっかり決めておく必要があります。
 喘息やてんかんのある場合は、発作のときの対処方法を考えておかなければなりません。内分泌疾患に対してホルモン療法を行っている場合は、ホルモン剤を持っていくための許可が必要になることがあります。国によって、本当に厳密な検査があるので、その確認をします。渡航先の国がすべてチェックをしているということではないのですが、聞かれたときに答えられるように準備しておくことが重要だと思います。

 これらの問題に対して対処を考えておく。現地に行ってから対処できないと、非常にストレスになる場合があります。


妊娠・出産については信頼できる病院を選ぶ

 妊娠・出産の可能性がある場合はどうするかという問題もあります。定期的な妊婦検診を行う体制ではないので、何か月くらいだからとか、むくんできたからなどの異常に気づいてから診察を受けることが多いようです。

 だから検診をしっかり自分で受けに行くことが必要です。周産期の管理方法も日本と全然違います。多くの国で入院は大体1日か2日、長くても3日です。1週間入院させてくれるところはほとんどないと思います。そのため、退院後、赤ちゃんの世話は全部自分がしなければいけない。家族がしなければいけないかもしれない。手伝ってくれる家族を日本から呼び寄せるのかどうかということがあります。

 帝王切開の基準も日本と違うようです。非常に帝王切開が多い。50%くらい帝王切開をしている病院もあります。危ないとなったらすぐ帝王切開、楽だからと妊婦が希望して帝王切開をするという国も多数あります。その基準が全然違うので、自分はそんなつもりはなかったのに帝王切開をされてしまったということもあり得ます。そのあたりを確認しておいたほうがいいでしょう。

 赤ちゃんとお母さんに非常に重要な問題が起こるのは、分娩の前後です。開発途上国では、お母さんや赤ちゃんに緊急処置の必要が生じたときの対応が悪いので、問題になります。先ほども言ったように、病気には90%、まあ99%ならないから自分は安全ということで、妊娠・出産も同様に問題ないと考えがちですが、いちばんの問題は何かが起こったときの対応です。きちんと対応できれば、その後、何ともなく過ごせる。ところが、そのような対応ができないがために後遺症が残る可能性があり得ます。

 しかし、その対応ができているかどうかを確認するのは非常に難しいのです。病院としてはそういうことはあまり表へ出しません。ただ、その国の乳児死亡率がどれくらいかとか、妊産婦死亡率がどれくらいかという医療情報は出ています。それを見ると、赤ちゃんが多く死亡している、特に発展途上国で死亡しているいちばんの原因は仮死です。生まれたときの赤ちゃんに問題があってうまく呼吸できなかった、分娩が長引いたなどで仮死になり、その後遺症で亡くなるのです。

 お母さんが亡くなる原因は、産後の出血が止まらない、産後の感染が起こった、分娩が止まってしまったために子宮破裂が起こったなどです。そういう緊急時の対応は普通にできなければおかしいのですが、できない体制の地域もあります。だから赤ちゃんや母親の死亡率が高い国では、よほど病院を選ばないと、きちんと対応できてないと思います。国に1つか2つくらい対応できる病院があるでしょうが、地方ではほとんど対応できてないようなところもあるでしょう。データとして明確な答えは出ていないのですが、そういう傾向があるので、妊産婦死亡率、小児や新生児死亡率が高いということを覚えておいたほうがいいと思います。

 実際には、日本人で分娩された方は、ほとんどが大丈夫で、それほど問題のある人はいないのですが、妊婦検診を受けて、何か異常があったら安心できる医療機関へ行ってお産をすることです。

 日本に帰国して分娩する場合ですが、航空会社によって対応が違います。8か月までだったら乗ってもいいという場合と、8か月以降でも医者が付き添ってくれるなら乗ってもいいというところがあります。8か月前後に帰国する人が多いようです。どうしても帰国を希望する場合は、空港か航空会社に聞いてみる必要があります。


日本と海外の医療機関での受診方法の違い

海外での医療機関受診(スライド4)

 

日本の状況

海外の状況

受診手続き  飛び込みで受診できる。 家庭医制度や医療保険による制約があり、基本的に予約診療。
診療・検査 特に医師の指定は必要ない。
医療機関は診療拒否をできない。
検査は医師が依頼し、結果は医療機関が保管する。
診療依頼する医師の指定が必要。
医療機関が診療拒否する場合あり。
患者が検査を依頼して、保管も患者が行う。
医薬品 保険制度で認められた範囲内で、
医師は必要な薬剤を処方。
医師と患者が合意すれば予防目的の
処方も可能。
入院 一般に入院期間が長い。入院できるかどうかは、ベッドの空き状況に左右される。 一般に入院期間は短い。指定医(家庭医)の紹介がないと入院できないことが多い。
医療費 医療保険 患者の医療費負担はわずか。国民皆保険。 医療費は高額であり。基本的に自己負担である。
旅行傷害保険を適応。

 日本の医療機関と海外の医療機関は何が違うか(スライド4)ということですが、日本はどこの病院でも「診てください」と言ったら受け入れる義務があります。診療拒否はできません。料金にはちょっと違いがあり、紹介があれば少し安くなりますし,紹介がなければ特別加算料として2〜3千円高くなりますが、受診はとびこみでもできます。予約をとらなくても行けます。

 ところが欧米はほとんど予約を取るシステムになっています。予約なしにいきなり行くと、いわゆる救急外来というところに回され、安定した状態だと、あなたは待てるからと、長時間待ってやっと診てもらって大丈夫ですということで帰るパターンになる可能性があります。ですからそれを避けるためには、専門医でなく、一般の家庭医(ファミリードクター)を持つことです。かかりつけのお医者さんがいると、そこを拠点にして、いろいろなところに紹介してもらって受診することができます。

 なお、受診する前に、自分の状況を説明する診断書やメモを準備しておくと安心です。病気や症状を英語で伝えるのはなかなか難しいので、日本から診断書を持参しているのであれば、それを渡す。さらに、その症状はいつから始まり、どう変化したかメモにして渡すと医師のほうでは診療がしやすいと思います。先ほども言いましたように、こういう情報がないまま、「とにかく診てくれ」というう状況だと、「私は診ません」と言う医者もいます。なぜなら、情報がないのに診察して、もしも間違った場合、訴訟制度のある国だと訴訟になりかねません。それよりは、「診ない」と言ったほうが自分の立場を守ることになるからです。

 インフォームドコンセントといって、患者側は情報を提供する義務があります。患者が義務を果たさなかった場合、医者のほうも責任は負いませんという状況なので、いわゆる診療拒否になる可能性がありますから、ある程度、自分で自分の状況を説明できるようにしておいたほうがいいのです。

 次に診療や検査体制ですが、日本では、このお医者さんに診てくださいとか、あのお医者さんに診てくださいとは言えません。特に指定がない、指定ができないと言ったほうが正しいかもしれません。2回目以降は言えることもありますが、海外では最初から、この人に診療してもらいたいと、一覧表から選んで指定することができます。

 検査についても、海外ではこの検査室に行ってください。あそこのレントゲンの検査に行ってくださいと言われ、検査の結果を持って帰ってきたうえで、結果はこうでしたと担当の医師が診断するシステムになっているところがあります。こういうシステムを知らないと、どこで何をやられるのか分からず、とまどうことになります。

 薬については、日本では、保険制度によってこの薬は出せるとか出せないとか決まっていますが、海外ではほとんどの薬を出してくれます。日本では保険を使って診療を受けた場合、保険で認められていない薬を処方できない場合があります、海外では医師と医療機関を受診した人の合意のもとによって薬を出すことになりますから、国がコントロールしていることはないのです。ですから大体何でも要求する薬は出していただけると思います。

 入院については、日本では入院期間が長いですが、海外では落ち着いたら早く帰ってくださいということになるので、非常に早く帰されて不満に感じる人が多いようです。一般的に入院すると医療費がかさむだけなので、なるべく早く退院するということです。日本は健康保険があるので医療費はかなり安く感じますが、海外では高額です。日本でも健康保険がなくて、全部自費で払うとなると高額になります。ICUに1日入院すると、数十万 円くらいかかっているはずなのです。それが保険や医療補助のおかげで数万円であったり、部屋代だけだったりということになっているのです。海外では、保険がないと全額自己負担で払わなければいけません。ですから、保険、旅行傷害保険に入っていたほうがいいということです。



国によって異なる医療保険制度

 海外の保険医療制度がどうなっているか、医療制度がどうなっているか、お医者さんや病院をどうやって選んだらいいのか、手順はどうなっているのかをこれから少しお話しします。

 まず、保険医療制度ですが、国によっては公営保険に入れる国もあります。たとえば、イギリスがそうです。アメリカの公営保険であるメディケアはカバーする額も非常に低くて、入っても高度な医療が必要な場合、充分には役に立ちません。だからアメリカに行ったら、医療費を十分カバーするような民営の保険に入るべきだと思います。

 一方、開発途上国に行くと、現地での保険に頼ることはできません。公営の医療保険があるかどうかも難しいでしょう。民間の保険会社もあまり発達していないので、日本で海外旅行傷害保険に入っていく人が多いようです。この会場におられる方はほとんど長期滞在だと思いますが、まず海外旅行傷害保険に入ったうえで、各国に行ったとき何かほかに上乗せできる保険があるかどうかを考えるのが現実的だと思います。各国の医療保険制度をまとめたのがスライド5です。

医療保険制度(スライド5)

都市名

利用保険の例(長期滞在) 利用保険の例(短期滞在)6ヶ月未満
ニューヨーク 民営保険 海外旅行傷害保険
ロンドン 公営保険+民営保険 海外旅行傷害保険
東京 公営保険+民営保険 海外旅行傷害保険
リヤド 海外旅行傷害保険 海外旅行傷害保険
トロント 公営保険+民営保険 海外旅行傷害保険
シンガポール 海外旅行傷害保険 海外旅行傷害保険
バンコク 海外旅行傷害保険 海外旅行傷害保険
シドニー 公営保険+民営保険 海外旅行傷害保険
モスクワ 海外旅行傷害保険 海外旅行傷害保険
ナイロビ 海外旅行傷害保険 海外旅行傷害保険
ニューデリー 海外旅行傷害保険 海外旅行傷害保険


医師の選びかたかかり方

 医療者はどうかというと、前述しましたが、一般的にどこの国でもかかりつけ医(家庭医)です。ある一定の地区の担当医がいて、その医師に、軽い病気やちょっとした変化などを相談する。軽い病気を専門医に診てもらおうとすると、さんざん待ったあげく、何も診てもらえないということもあります。不満だけが残る場合がありますが、家庭医からの紹介でいろいろなところに行くと、非常にスムーズにいきます。だから必ず自分が行った地区でかかりつけの医師をどこにすればいいのかを決める。これは日本人社会のいろいろなネットワークを使うなどして、自分で調べたり、人に聞いて調べるしかないと思います。

 かかりつけ医は一般医ですので、何科ということではなく、異常がある場合の振り分けをしてくれるお医者さんだと考えてください。この人を通すと耳鼻科に行くべきなのか、眼科に行くべきなのか、小児科に行くべきなのか、振り分けをしてくれると考えたらいいと思います。
 日本では珍しいですが、欧米では開業医の先生が病院の施設を持っていて、そこで働いている場合があります。そういう場合はそこがかかりつけになって、そこから入院設備のある専門医に紹介してもらえるというようなシステムがあります。一般的にオープンシステムと呼んでいます。このような施設では、受診する先生を必ず指定しなければいけないわけです。個人個人がこれを開業しているわけですから、どこに行きたいのかと聞かれます。その病院がどういうシステムか聞いてみてください。家庭医から紹介があれば、多くの場合どこでも入院できます。

 検査、薬の処方は別機関に行くことになります。病院ではコストがかかることはしないので、一般的な検査は外部の機関に発注する。患者さんはお医者さんが書いたオーダーを持っていろいろ検査機関を回ってデータをもらって帰ってくる必要があります。これは日本にないシステムで、最初は戸惑うと思います。こういうシステムにもとづき、医療費はそれぞれのところで、そのつど払います。お医者さんを受診したらお医者さんの請求、病院に入院したらその病院からの請求がくる。検査したら検査所から請求がくるし、薬をもらったら薬局から請求がくるというように、別途に請求がきます。

 もう一つ驚くのは、日本だと入院していて眼科の先生に診てもらいました、耳鼻科の先生に診てもらいました、内科の先生に診てもらいましたという場合も、同じ医療機関であれば、一緒の支払いになります。海外では、4人の専門医に診てもらえば4人がそれぞれ請求します。それも専門医として加算された請求料がきますから非常に高額になる場合があります。そういうシステムになっているので、それを怒っても仕方がないのです。ですから、自分がどういう疾患でどういう症状が出ているのかをしっかり主張する必要があります。何でもいいですから診てくださいと言うと、どんどん請求がくることになります。


医療機関の選び方かかり方

 どの医療機関にかかればいいのか、ここが非常にネックだと思いますが、一定した情報はありません。現地の日本人社会の情報や、旅行傷害保険の情報により調べる。これらの情報は、噂の域を出ないものであっても、けっこう確かだということがあります。前にかかったが手術の傷跡が開いてしまったという人の話が多ければ、そういうところには行かないほうがいいです。傷害保険会社はそういう話も、患者さんからのクレームも聞いたうえで、問題があると思われる医療機関は調べて系列から外すなどしています。自分が入っている傷害保険会社の情報や冊子に全部医療機関の名前が書いてあります。それで判断するのもひとつの方法です。

 もう1つ、開発途上国で外国資本により開業・運営されている診療所があります。このようなところでの外来受診は、問題ないことが多いようですが、入院が必要な場合には現地の他医療機関に行かなければならない場合があります。入院先の医療機関に不安があり、治療を受けることがためらわれる場合には日本に帰国するか、信頼できる近隣国での入院治療を選ぶことも可能です。この場合、病状が安定していて、移動するための時間的余裕がある場合に限ります。

 海外で入院しなければならない場合、医療費に関する不安があります。先進国でお金が高すぎてどうしようもないという場合もあり、そういうときは日本に帰ってくることを考慮することになります。しかし、緊急時、今すぐ処置しなければいけないとき、私は日本に帰りたいと言っても無理でしょう。乗っている飛行機の中で死ぬかもしれないような人は運びませんと言われます。ですから、緊急時には現地の病院に頼るしかないので、どこが頼れる病院かというのはある程度知っておかないとなりません。ここに運べと指示しないと、救急車にどこに運ばれるか分かりません。


救急で医療機関にかかる場合

 通常、体調が悪いという場合は予約をとって診療してもらいますが、救急の場合はやむをえず医療機関へ急がなければならない。家庭医を通じて、救急病院に連絡をしてもらい、いついつ行きますというと、受け入れ態勢をつくってくれます。外国人専門の医療機関で24時間受診可能な救急外来ががあれば、そこを受診して必要な対処をしてもらうことができるでしょう。

 また、心筋梗塞や脳卒中などのような、生命に関わるときは、どこかを選ぶというより、救急センターをコールします。救急センターの救急車で救急専門病院に運んでもらう。このときに、信頼できる医療機関を知っているのであれば、そこに送ってくださいと言えます。民間の救急センターがあれば、そこをコールするのがいちばんいい。先進工業国では大体どこでも近い専門病院に運んでくれることが多いでしょう。しかし、開発途上国の公的救急センターに頼むと、公立病院に運ばれてしまう。これは避けたいので、途上国に行く場合には、その点も配慮をして指定する病院を決めておくことが重要です。

 スライド6は、救急対応が必要な症状をまとめたものです。交通事故や転倒によって立てない、どこか骨折している可能性がある場合は救急に行くしかないと思います。

 けいれんには手だけや足だけの場合もありますし、全身に起こるものもあります。そういうふるえが止まらない症状や麻痺。呼びかけても全然返事がない意識障害。突然39度くらいの高熱が出た、出血が止まらないなどの症状を認めた場合には救急外来を受診することがすすめられます。見逃してはならない重い病気を想定した症状があげられています。「ちょっとだるいです」というくらいで行っても診てもらえません。

救急対応が必要な症状(スライド6)

交通事故や転倒による外傷
痙攣(手足、全身)や麻痺症状
意識障害
38℃以上の高熱
持続する出血、大量の出血
頻回の水溶性下痢
胸から左肩、左頚部あるいは左脇に放散する、締め付けられるような痛み
激しい腹痛
リンパ腺の腫れや痛み
黄疸

 

 スライド7は、緊急搬送される場合です。なかには保険が適用される例もありますが、何でも送ってもらえるわけではありません。現地の医者が送るのが適当だと判断した場合に送ってもらいますが、送り先は日本であったり、シンガポールであったり、指定はなかなかできないことが多いのです。緊急なので、すぐに対応できるところ、たとえば東南アジアだとタイやシンガポールなどが拠点になっています。アフリカからだと、フランスに送られることが多いでしょう。中南米はブラジルに送られる。それぞれの地域の拠点になっている都市へ送られるので、それはお任せするしかないと思います。

緊急搬送制度(スライド7)

手術などのために帰国する場合、海外障害旅行保険の適応がある
医療費が高額
医療機関に不安がある
言葉の問題
付き添いがいない
症状の安定が必要
保険がない場合、輸送費は前払いとなる
高額なため実際には難しい

 保険は持ってないけど送ってくれというときは、前払いです。数百万円、いや、もっと必要な場合もありますので、ほとんど無理と言っていいでしょう。いずれにしても、保険に入っておくほうが安心です。

 インフォームドコンセントについては、前述しましたが、再度、詳しく説明したいと思います(スライド8)。言葉の意味は、病気の治療に関する医師と患者の間の合意、同意のことです。「私はこう思います。あなたはそれを受けてどうですか?」ということに対して、「私はそうは思いません」と言ったら、成立しません。「こういうことをやりたいですが合意してくれますか?」ということに対して「はい」ということであれば、治療はできるということです。

インフォームドコンセント(スライド8)

病気の治療に関する医師と患者間の同意のことを言う

医師には説明の義務と治療を行う責任、患者には自分の健康状況などを詳しく説明する義務と治療法を選択したという責任が生じる

双方の合意が得られない場合、海外では診療拒否の可能性もある
 

 医師が説明の義務と治療を決定する前、医療情報を得るために患者さんに詳しい説明を求めたとき、患者さん側から情報を提供しなければ、決定ができないという可能性はあります。ところで、今ではこれは医師の責任であるとされています。聞き方が悪いというわけです。実際、聞き方が悪いから患者が説明しにくいということもありますが、言葉が通じないために医師の言っていることがわからない。だから、患者は説明もできないということもあります。そういうとき、努力してくれるお医者さんもいますが、拒否するお医者さんもいます。お互いに説明をし合い、この治療法でやりましょうと同意した場合に診療が行われるということです。その合意が得られない場合には診療は行われない可能性もあります。

 意識のない人に緊急処置として蘇生の処置、つまり、心臓マッサージとか呼吸の支援などはしても、そのほかどういう治療をするかについては、医師が勝手に決められない。患者さんや家族がどうするかということを言わないと決定できないのです。



帰国後も自己責任で健康管理を

 スライド9は医療情報の入手先です。

 ところで、6か月以上の海外赴任をすると、帰国後の健康診断も義務とされています。帰国後発症するような疾患もあり、体調不良がある場合にはぜひ専門医療機関を受診してください。また、渡航後と同様、帰国後もカルチャーショックが起こる可能性があります。

 いずれにしても、帰国後も健康診断を受けるなど、自己責任において、健康管理をしていくことが大切です。



医療情報入手先例

機関名  Internet Address
海外勤務健康管理センター  http://www.roufuku.go.jp/index.html
母子衛生研究会  http://www.mcfh.net/
海外邦人医療基金  http://www.jomf.or.jp
厚生労働省検疫所情報(FORTH)  http://www.forth.go.jp/
国立感染症研究所  http://www.nih.go.jp/niid/index.html
外務省在外公館医務官情報  http://www.mofa.go.jp/mofaj/toko/medi/index.html
国際協力機構(JICA)任国事情  http://www.jica.go.jp/ninnkoku/index.html
海外赴任navi 保険・医療  http://world.relocation.jp/insurance/01.html
世界保健機構(WHO)  http://www.who.int/ith/
アメリカ疾病管理センター(CDC)  http://www.cdc.gov/travel/