



Autism Mystery
2002年6月9日 サンノゼ マーキュリー紙 :第1面、14A~16A面
写真 / Tsutomu Fujita、
記事 / Marian Liu

| 彼の感情や考えは、周りにとっては謎 |
7歳の渡君は、休み時間でごったがえすサンホゼスクールの校庭で、人ごみをさけるかのように1本の木に向かって歩いていた。渡君は、そこでまるでズボンに這い上がってくる蟻でもはらいのけるかのように、不器用な動きで足を揺り動かした。蹴ったり飛んだり、顔は、まるで説明できない欲求不満を払いのけるかのように必死である。
自閉症の久保渡君は、自分でも理解できない、また人からも理解されることのない場所にたどりつこうと、絶え間なく努力している異国人だ。彼の感情や考えは、周りにいるほとんどすべての人にとって謎だ。
渡君の母と10歳になる姉が、彼と社会への重要なかけ橋になっている。たとえ彼をケアすることによって、自らの生活が犠牲になることがあっても。
久保家は、海を隔て、母国である日本を離れ、ここシリコンバレーに、渡君の助けを求めて暮らしてきた。
| 自閉症とは何か |
自閉症は、脳機能に影響を及ぼす発育上の障害。生後3年の間に診断されるのが一般的で、社会との交わり、論理的な思考、想像力、意思の伝達などを妨げる。自閉症である人のなかには、きわめて高い知能指数を持ちながら、単純な考えを説明できない人もいる。
| 治療を求め海外から集まる家族 |
関係者によると、久保一家のみならず、よりよい医学的、教育的なサービスを求めて、アジアやその他の国々から、自閉症児とともにシリコンバレーに移り住む家族が増加している。そういったコミュニティのありかたは、自閉症のケースの増加と社会の関心の高まりを反映しているといえよう。ここでは、自閉症の子供の数がふえることで、革新的な援助プログラムも増え始めた。
「日本では難しいのです。」
渡君の母、由美さんが言う。
「日本ではどこを見てもここよりひどいのです。私はここに住めて幸せです。」
自閉症児のサービスを受ける目的でここに移民してきた家族の数が、どれくらいになるのかについて確かな統計上の数はない。しかし、シリコンバレーを含むソーシャルサービス地域で、自閉症児の16%が英語を母国語としないという州の統計が暗示的である。
家族は世界中から集まってきていて、主に、アジアノ中国、日本、台湾、そしてインドが多い。これら諸国では、おうおうにして自閉症などの障害を恥じと思う意識が強い。
「日本では、息子のできないことに焦点が当てられます。」
由美さんは言う。
「でもここでは、彼に何ができたかが大事なことなのです。」
| 最初に気づいたのは母親 |
由美さんが、渡君の異常に気づいたのは、渡君が1歳の誕生日の時だった。ケーキのろうそうの灯を吹き消したり、プレゼントをあけたりするのが待ちきれないふつうの子と違って、渡君は、まったく関心を示さなかった。由美さんは何かが、どこかが、ふつうの子と違うと思ってきた。
「あの子はいつもシリアスな表情だったんです。」
由美さんは言う。18ヶ月になった渡君が、何の表情も表さなくなって、由美さんの心配はつのった。
ニコニコすることもく、笑い声をあげることも少なかったのです。」
由美さんは、渡君を病院につれて行く一方で、自分でリサーチも始めた。しかし、誰も由美さんの疑念を晴らしてはくれなかった。2歳になって、初めて自閉症と診断された時の由美さんの気持ちは、怒りでも悲しみでも落胆でもない。むしろ、これで渡君に何かをしてやれるという安堵の気持ちだったと言う。
「一番大切なことは、渡君が私の息子だっていうことです。」
由美さんは言う。
「自閉症と診断されたからといって、それは変わりません。」
| 誕生日のお祝い |

自分の誕生日の日に渡君にロウソクの吹き消し方を教える由美さん。
| 彼独特の主義 |
渡君は、軽い自閉症と診断された。誰かが故意に渡君の世界に入ろうとしないかぎり、すべてをシャットアウトしてしまう傾向がある。日常すでに慣例となっていることや、自分の好きなことになら、少しずつ心を開いてくれ、くすぐってもらいたがったり、短い会話も始める。
「私はワタイズムと呼んでいるのです。」
由美さんは言う。それは、例えば、出会った女の子にうっとりしたり、いつ何時でもおもちゃの汽車を買うというわけにはいかないという事実を拒否したりする彼独特の主義のことだ。
渡君は、テレビをほとんど画面に顔がくっつく近さで見入るし、回り続ける汽車の車輪をもとめて、家を飛び出したりする。
自閉症児に一般に見られる傾向には、言語の受容、表現の困難、動作の反復、感覚器官の異常、社会性の発育の遅れなどがある。例えば知覚器官を例に取れば、あるタイプの感覚刺激を繰り返し切望することがある。渡君の場合は汽車の車輪だが、とりつかれたように何かを見たがるようになる。
また、時にはくすぐってもらいたがることで示されるように、人と接触することを切望することもある。ほかの自閉症児同様、渡君はつねに何かを欲しがり、思い通りにならないとかんしゃくを起こす。また変化を好まず、くつの並べ方、宿題用紙の重ね方、ヘアカットの仕方にいたるまで、すべてにおいていつもと同じでなければならない。
渡君が家族とディズニーランドに行った時、渡君は、周りの混雑に耐え切れず、叫び声をあげ始めた。もし、由美さんが大きな声で怒鳴ったら、渡君は、自分のしたことではなく、彼自身の存在に怒りをむけられたと誤解したかもしれない。
渡君をなだめるのに、由美さんはほかの子供では考えられないことをした。渡君を逆さに持ち上げて、宙吊りにしたのである。空間での体の位置の変化と、由美さんとの接触が渡君を静めた。

| 誤解されることが多い |
彼の知覚作用と反応は、通常とは異なっているため、渡君はよく誤解を受ける。
ある時、学校の特殊学級のクラスで、渡君のぬり絵と、ほかの子供のぬり絵が入れ違ってしまったことがある。ほかの子供はそのことに気づかなかったが、渡君は、自分の塗り絵を取り戻そうとするあまり、その子をなぐってしまった。渡君は、自分の言葉でなぜそうしたのかを説明することができない。先生は、すぐに渡君をほかの生徒から離れた机に追いやった。
| ひとりひとりのプログラム |
現在、ラティマー小学校で渡君が受けているのは、彼のために作られたプログラムである。どの子供もその子の障害のレベルに合った課題を与えられている。特殊学級には、8名の子供がいて、時々ほかの子供と接触するために、普通の1年生クラスにも参加する。
5年前、サンタクララ郡は、自閉症プログラムとして、3つの学級を発足させた。普通の小学校での自閉症児のためだけのプログラムだ。そのプログラムを受ける子供はサンタクララ郡に居住していなければならない。
現在、郡には、30のクラスがあり、子供8人につき教師が1人、ヘルプが2人の割合で運営されている。また、オキペーショナルセラピストやスピーチセラピスト、そして、親によって構成される顧問グループなどからの支援がある。渡君の教師、ベロニカスペクターは、注意深くそれぞれの子供の発達状況を見守り、それを個々のバインダーにすべて記録している。おやつの時間を含めて、すべての活動が学ぶ時間につながているのだ。
「食べることって、学ぶのにすごくいい機会だと思いませんか?」
とスペクターが言う。
おやつの時間、彼女はチップスやポップコーンが入った袋と、アップルジュースを取り出した。そして、渡君をはじめ、子供達の前に、お金が入った入れ物をいくつか並べた。おやつが食べたい時、子供達はお金を払うか、ある決まったやり方でお願いしなければならないのだ。こうして子供達は、コミュニケーションと算数の両方を学習していく。
「ポップコーンをいただけますかs?」
渡君が尋ねる。彼は今、名詞の複数形を習っているので、プリーズにもsをつけてしまう。
「プリーズにはsはつけませんよ。」
と訂正したあと、スペクターは渡君に50セント硬貨で払うように促す。代わりに渡君は、10セント硬貨を5つ数えた。10セント硬貨5つを数えるのは、25セント硬貨2つよりもむずかしい。スペクターが渡君をほめると、にっこりした。
◆7歳の渡君は、画面に顔がくっつきそうになるまでテレビに近づいてビデオに見入る。
2 歳のときに自閉症と診断され、車輪のように絶えず反復する動きに強い興味を示す。
| 解けないパズルの謎が解けたとき |
渡君を育てていくのは、フルタイムの仕事だ。すべてが、渡君のために犠牲になる。
「彼は解けないパズルみたい」
と由美さんは言う。でも、なぞが1つ解けるたびに、渡君の世界にその分だけ入り込めた、と由美さんは意気揚揚と笑う。
渡君の1日は、教師や由美さんによる学習の時間でいっぱいだ。由美さんは1日中、渡君のあとを追いかけ、彼があとに散らかしていくおもちゃや着るものを拾い上げていく。
「私の幸せの80%が、渡君から来ているんです。」
と由美さんは言う
「誰にも理想の生き方があるでしょう。私は人と違った幸せをみつけたのです。」

| 長女への影響 |
由美さんは、よく娘と過ごす時間が足りないのではないかと心配する。でも渡君の自閉症によって、10歳になる姉の香穂さんは、ほかの同じ年齢の子供よりもずっと辛抱強いと付け加えた。
「香穂は決して渡君のことで、いらだったりしません。香穂は、生まれつき優しい気持ちを持っているのです。母のためにいい子でありたい、心配をかけたくないと思っています。もし、渡君がいなかったら、あんなにいい子ではなかったかもしれません。」
また、香穂さんは、自分の弟についてとてもオープンである。弟のことを友達にも隠さず話している。いろんな意味で、弟のことが自慢でもある。香穂さんの好きな時は、車のなかで本を読んでやっている時に、渡君が香穂さんの言葉に強い興味を示す時だ。
「弟が自閉症だっていうこと、好きなときもあるんだ」と香穂さんは言う。
「一緒にいろいろできるし、ほかの子の弟みたいに、いろいろうるさく聞かないしね。」
姉といる時に、渡君が気に入っているのは、姉にくすぐってもらうことだ。よく香穂さんのまん前に突き進んで来て要求する。
「くすぐってー」

| アメリカに留まったのは正解 |
ある専門家は、自閉症児をかかえる家族にとって、特定の場所にヘルプを求めることが、必ずしもうまく作用するとは限らないと忠告する。
「いろんな人が、いろんな場所から奇跡を求めてやって来る」
自閉症の分野で30年貢献してきたカリフォルニア大学サンフランシスコ校の精神医学の教授、シーゲル博士はこう語る。
「彼らは言うんです。もし、これをやったら、もし、あれをやってみたら、ものすごく効果があるんじゃないかって。でも、親が何を試してみても、治療法がどんなに変化に富んでいても、結局、子供の脳の中で起きていることに係わってくるんです。」
けれど、由美さんにとって、シリコンバレーに留まったのは正しい選択だった。日本であったら、もっと違った人生になっただろうと彼女は言う。
「小学1年生の渡は、ボキャブラリーと2年生レベルの算数を勉強しています。けれど、これが日本だったら、どちらか1つでも習うことができたのか疑問に思います。」
| 親が恥じれば、教育する側も育たない |
日本自閉症協会の東京支部長の古野晋一郎氏は、日本では、自閉症があまり理解されていないため、自閉症のが、学校や福祉関係の職場に混じると、そこの職員たちは、どう彼らに対処していいのかわからないと言う。
由美さんは、これを鶏と卵の問題だと説明する。親は、子供が自閉症であることを恥じて助けを求めて出てこない。だから、教育する側も、成長することができないのだという。
由美さんの友人の松波千春さんは、
「日本人は、既成のものから外れたくない。良くも悪くも、人と違うと見下げられる。なぜなら日本人は、人と同じであろうと努力する国民だからだ」
と言う。

| 日米の架け橋めざす支援会 |
障害を持っている子供達のサンタクララ日本人支援グループを率いるローエンスタイン一枝さんは、「日本では受け入れてもらうのがむずかしいのです。」と言う
「まだまだ障害を持つ人が、特別視されるのです。ここでは、一般社会にもっと広く受け入れられています。障害が1つの個性として見てもらえるのです。」
ほかの日本人の親たちを支援するために、由美さんはParents Help Parentsに所属している。PHPは障害を持つ子供達の親がお互いに助け合えるよう設立された非営利団体である。
このグループを率いるローエンスタイン一枝さんは、障害を持つ2人の息子によりよい教育を受けさせるために、ここに移り住んだ一人である。
「日本の学校は、助けにはなりませんでした。それでアメリカに移住することを勧められたのです。アメリカの特殊学級教育のおかげで、2人の息子たちは十分なサポートを受け、本当に恩恵を受けることができました。」
ローエンスタイン一枝さんは
「いつか日本とアメリカの間にまたがるギャップの掛け橋になりたい」と望んでいる。すでに日本の役人たちをサンタクララに招いたり、日本人学生がアメリカで自閉症について学び、その知識を日本に持って帰って役に立てるためのインターンシップの計画も始めている。
| 家族同士のつながり |

サンノゼのサントーマス公園で、Prents Help Parents 主催の自閉症を持つ家族の運動会が行われた。最終種目であるつなひきに参加する由美さんと親友の仲本博子さんは、2年前からこの行事を企画、運営している。
| 自閉症であることを隠さない |
自閉症児を持つ親たちに一言アドバイスをと尋ねられて由美さんは言う。
「自閉症であることを隠さないことです。そうでないと、社会はいつまでも自閉症は、どのようなものかわかってくれず、自分や子供が、不当な扱いを受けた時に、みじめになるばかりです。
研究が続いていけば、ある日、渡君の世界がぱっと開くかもしれない。
「どうして、自分のところに渡君がいるのかとよく考えるのだけれど・・」
と由美さんは言う。
「(渡君が我が家にいるということは)、私はとっても恵まれているんです」
訳:宮本三恵子
質問、問い合わせは,ご遠慮なく久保由美さんまで
Email: yumigremlin@gmail.com
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