| 海外勤務者の子どものメンタルヘルス |

| Case1 14歳女子 |
| A子ちゃんが英語圏の地方都市に父親の仕事の関係で渡航したのは13歳のときでした。現地に日本人学校はなく、現地校に入学しました。英語が得意だったA子ちゃんも、英語の授業や宿題は大変でした。また、クラスには邦人の子弟は1人のみで、この子とは親しくなれましたが、現地のクラスメートとは言葉の壁もあり、なかなか親しくなれませんでした。また、帰宅後は、日本での高校受験に備え、日本の問題集もこなしていました。 半年経過したころから、A子ちゃんは、吐き気と腹痛に悩まされるようになりました。 ホームドクターに相談し、胃カメラや採血などの検査も受けましたがはっきりとした異常は見つかりませんでした。やがて欠席が増え、大好きだったピアノも弾けなくなり、体重も減ってしまったため、帰国して日本で医師に相談しました。 A子ちゃんは医師に、「勉強がすごく大変だった。現地の子のスピードに追いつこうと頑張ったけど疲れてしまった。友達もなかかなできないし、何をしてもつまらなくなった。今は何もしたくない。」と話しました。 |
| 問題点とアドバイス |
| 子どもの場合も、海外赴任に伴い環境が大きく変わります。特に就学年齢で現地校やアメリカンスクールに入学する場合は、親以上に他国の文化に直接触れる機会が多くなります。「子どもは言語の習得が早く、新しい環境にもすぐに慣れるもの」
という認識は大きな誤解で、そのストレスは、言葉、友人関係など大変なものです。また日本人の場合、最終的には「日本での受験」を目標とすることが依然多いため、現地校での勉強と併せ日本での受験用の勉強を余儀なくされることとなり、さらに帰国後の再適応への不安も加わります。 A子ちゃんの場合、原因のはっきりしない吐き気が見られましたが、小児期では身体症状を「不適応現象の重要なサイン」として受け止める観点が特に大切です。 なぜなら小児では、悩みや不安を主観的に体験し言葉によって表現するより、身体症状や行動を介して表現する傾向が顕著なためです。A子ちゃんの吐 き気も、不安感・拒否感・怒りの身体的表現であった可能性が高いと考えられました。 以上のように、就学年齢の子弟の場合は、身体症状や行動面の変化に注意を払い、親以上の異文化ストレスにさらされている状況に配慮し、周囲の者が早期に発見・対処し、ストレス状況を軽減する姿勢が必要です。 |

| その他の一般的アドバイス |
| 就学年齢以前の乳幼児などの場合は、まず「環境=親(家庭)」であるという視点が重要です。なぜなら、乳幼児はその生存のほとんどを環境(主に保護者)に依存しているためです。このため、海外赴任後に乳幼児に心理的要因の関与した心身症状が見られた場合は、家庭内における児へのストレスに関し家族全体として一考する必要があります。その際は、母親の心理状態や対応、さらには母親の心理状態に直接影響を及ぼす夫婦関係などが、児に何らかのストレスを与えていないかを検討することがポイントとなります。 一般的傾向として、乳幼児は就学年齢の子ども以上に心身の発達が未熟 ・未分化なため、心理的不満やストレスは、身体的反応や行動面を主とした単純な形で容易に発現する傾向が見られます。身体症状として代表的なものには、腹痛・嘔吐・食欲低下などの消化器系症状、憤怒けいれん(泣き入りひきつけ)、チックなどの神経系症状、遺尿(夜尿)・頻尿などの泌尿器系症状が代表的です。また、行動面の症状としては、指しゃぶり・爪噛みなどの習癖、少食・過食・拒食・異食などの食行動異常、夜泣き・夜驚などの睡眠障害、遺糞などの排便行動の問題などが見られます。以下に代表的なものを紹介します。 |
| @反復性腹痛 |
| 毎日〜毎週に数回程度、腹痛を繰り返し、痛みの場所は一定しないことが多いものです。痛みは2時間以内の持続する鈍痛で食事とは無関係で、心理的背景として、強い緊張感、不安が関与しているとされます。適切な身体検査の後、この診断がなされた場合は、薬物療法と同時に家庭内の環境調整が大切です。約半数は、経過と共に治癒するといわれます。 |
| A憤怒けいれん |
| 激しく泣いた後、顔色が悪くなり、けいれんを起こすものです。これは、激しく泣くことによる無呼吸や胸腔内圧の上昇、あるいは迷走神経による心臓抑制系の反応により、脳の血流が一時的に減少することにより生じるとされます。性格的には、我の強い児が、怒り・欲求不満・恐怖などのストレスにより激しく泣くことを契機に発作が起こります。経過は7歳くらいまでに治癒することが多いとされます。 |
| B指しゃぶり・爪噛み |
| 親指吸いが多く見られます。内気、消極的な性格の幼児に多く、上手に遊 びに参加できず、手持ちぶさたの場合にしばしば見られる癖です。爪噛みは、比較的活発でやや落ち着きのない児に見られます。「噛む=攻撃的心理的 緊張の表現」といわれ、4〜5歳から8〜10歳にかけて見られます。対処としては、指しゃぶり、爪噛み共に直接的な禁止は好ましくなく、遊びや親と一緒に何かをするよう誘いかけて手を使わせ、その結果としてこれらの行為を止めさせるという間接的 方法が適切です。経過は、指しゃぶりは6歳頃に大半は自然消失しますが、爪噛みは長期化しやすいため、注意が必要です。 |
| Cチック |
| 限局された筋肉の無目的・突発的・急速な、不随意的に繰り返される運
動です。6〜9歳で発症することが多く、男子は女子の3倍程度多く見られます。症状としては、まばたきが多く、その他顔面の運動、手足の運動、咳払い、などが見られます。発症要因としては、多動体質と何らかの性格基盤に、しつけや勉強をめぐる親子間の緊張・葛藤の関与が推察されています。 患者の注意が症状に向けられている間は治癒は難しく、また親の干渉や叱責は好ましくありません。むしろ、チックが発生し、固定しつづけるような環境要因を分析し、これを改善することが大切です。その際には、適当な作業、遊び、休養などの積極的なプランを立てることが大切です。経過は、良くなったり悪くなったりを繰り返しながら、その約4割は治 癒し、約4割は部分的に軽快し、成人に達するころにはほとんどで改善する傾向が見られます。 |
| D吃音(どもり) |
| 2〜3歳にかけての言語発達が著しい時期に、親や保育園の先生に叱られたこと、友達と喧嘩したこと、などを契機に発症することが多いとされます。男子は女子の3〜4倍多く見られます。対応としては、児の心理的安定を図 り、どもり症状に対しては、一切注意したり干渉することなく、ゆったりとした態度で児の話しを聞く姿勢が大切です。 |
| E睡眠に関する問題 |
| 幼児、児童では不眠を訴えることは稀で、むしろ夜驚症や悪夢が代表的
です。夜驚症は入眠後30分〜1、2時間後に起こり、寝床から起き上がり叫び声をあげたりするため、親は非常に心配します。症状は1〜10分程度で収まり、再び寝入り、翌朝本人は覚えていません。脳波上は深い睡眠相からの急激で不完全な覚醒反応が見られます。対処としては、昼間の強い緊張・興奮を避け、就寝前に恐いテレビなどを見ないようにし、穏やかな気分で寝つけるように配慮することが肝要です。 発作頻度が高い場合は抗
不安薬なども併用します。悪夢は、レム睡眠※における不安・恐怖的な夢からの覚醒反応で、覚醒時に児は強い不安と恐怖を体験しています。対処としては、覚醒した児の恐怖を鎮め、静かに寝かせつけます。背景に何らかの心理的問題がないか、一度は考えてみることが必要です。 |
| ※レム睡眠/深い睡眠相であるにもかかわらず、脳波上は覚醒時に類似した変化が見られる時期。この際、眼球のすばやい動き(rapid eye movements)が見られるため、REMsleep(レム睡眠)と呼ばれます。成人では約90分周期で出現し、睡眠時間の約20%を占め、この時期に夢を見ているとされます。 |