KNOW YOUR CHILD
これは躾において最も役立つ3語です。子ども観察してください。様々な年齢における子どものニーズや能力を知ってください。子どもののニーズは成長段階によって変わるので躾のテクニックも自然と変わることになります。8歳の子がカンシャクを起こした場合と2歳の子が癇癪を起こした場合とでは当然その対処法は違ってきます。
年齢相応の行動を知る
子どもとの多くの問題は親が子どもをあたかも大人のように考え、ふるまうことを期待することから生じます。本当に子どもが常軌を逸した行動をしているのかを見分けるために、子どものそれぞれの発達段階において、どんな行動が一般的であるのかを知る必要があります。
私たちの場合、一人目の子の時よりも、8人目の子の時の方が躾は、はるかに簡単でした。それは、ひとえに、子どものどの行動が親の指導や忍耐やユーモアを必要とするのか、どの行動がより厳しく、改めさせることを必要とするのかの対応法を経験から既に熟知していたためです。私たちは子どもの年や発達段階には必ず起こりうる事柄(たとえば、ほとんどの2歳児は長い間レストランにじっと座っていることはできません。)に関しては寛容な態度をとり、子ども自身や他人に危害をもたしたり、失礼な態度(例えば、テーブルの上に上がらないなど)に対してはその行動を改めさせました。
子どもの視点でものを見る
子どもは大人と同じようには考えません。子どもは、少なくとも大人の常識から見れば信じられないようなことを考えたりしてみたりするものです。もし子どもの行動を大人の視点から判断したら、いらいらしたり、頭に血が上ることばかりでしょう。道路に飛び出してしまう2歳児は親に逆らったり、無視したりしているわけではなく、ただ道路に転がり出てしまったボールを取り戻したいだけなのです。衝動によって行動を起こしてしまう。その両者の間には何の考えもないのです。でも5歳児なら友達のおもちゃが気に入ったとすればそれを「借りる」ことができます。大人が、何らかの行動を取る時は、その行動の必要性、安全性、道徳性を計りにかけながら止めることができるかもしれないことが、小さな子どもにはできないのです。
私たちの息子マシューは、非常に集中力のある子でした。遊びに夢中になってしまうと、遊びを止める時間になっても、その場を去ることがなかなかできませんでした。ある日、彼が遊んでいた時、出かける時間になりました。(私たちは約束の時間に遅れていました。)妻のマーサは、マシューを抱き上げてドアまで連れて行き意気ました。マシューは典型的な2歳児がするように癇癪を起こして反抗しました。最初のうち妻はいつもの「私が親なんだから私が決めて当然。」という気持ちで、自身の行動を正当化し、マシューがすぐに彼女に従い、遊んでいたおもちゃをあきらめることを期待しました。しかし泣き喚く子どもをドアまで運んでいるうちに、妻は彼女の躾の計りがバランスを失っており、最良の方法で事態を扱っていないことに気づきました。彼女の行動は彼女自身の出かけなければならないという必要性から出ており、マシューの必要性--事前に次に何が起こるのかを知ることや、一つの行動から次の行動への、より緩やかな移行--を考慮に入れていなかったのです。たとえ私たちにデッドラインがあったとしても、マシューは素早くギアチェンジができる性格ではないということを妻は気づきました。彼は自分自身に忠実な行動を取っていただけだったのです。マシューには自分のやっていたことを中断するためにもっと時間が必要だったのです。
そこで妻は静かに遊んでいた所にマシューを連れ戻し、一緒に座って「おもちゃバイバイ、トラックバイバイ、車バイバイ」と、マッシュ-が取り組んでいたことを抵抗なく後にすることができるまで言い続けました。それにかかった時間はたったの数分で、恐らくそうしなかったなら、同じだけの時間が車の中でマシューと挌闘するために無駄にされたことでしょう。この出来事の最後に妻のマーサは、マシューをほとんどせかすことなく家を出るという、彼女自身が欲したことを実行することができ気分が良かったと言っていました。同時に彼女は、子どもにかんしゃくを起こすことなく、ある行動から自分自身を解放する方法を教えたのでした。これが本当の意味の躾です。
決断する際に、子どものニーズを考慮に入れた場合、躾がずっとうまく機能することを理解できたことは、私たちにとっては大きな転換点でした。もともと、私たちは子どものニーズを考慮に入れていたら、そのうち子どもが私たち親を心理的にコントロールするようになるのではないかという恐れを持っていました。なぜなら、それまでの私達は、良い親というものはいつも子どもを上手に管理しているものだという考え方を本で読んだり、人から聞いたりし、またそのように育ってきたからです。
けれども、私たちは子どもの視点を考慮すると、子どもはより抵抗なく親の言うことを聞くようになるということを発見しました。子どもを知ることが、いかに子どもを躾るかの鍵となったのです。子どもは親が自分たちの視点を考慮してくれ、従いやすいように手助けをしてくれているということがわかり、親が自分達の管理者であるということを知るのです。そして少しの疑いもなくママとダディーが自分達にとって何がベストかを知っていると信じるのです。
第3箇条.
子どもが敬えるような親になる
親が子どもの良き監督であることは、躾の基礎の基礎です。けれども、親になったからと言って、子どもたちが、その人生を任せる監督として自動的に親を信頼するわけではありません。
「言うことを聞かないと、(罰を与える)・・・」と言われて育つ子どもは、親の言うことに従うかもしれませんが、それは親への敬意から出たものではなく、恐怖心から出たものです。「父や母を恐れなさい。」ではなく、「父や母を尊びなさい。」という言葉は古くから言われてきた先人の知恵です。親が尊ぶ存在であってこそ、親に敬意を抱くこともでき、従うこともできるのです。
では、どうしたら子どもが親を敬うようになるのでしょう?敬われるべき人物は心温かく、そして賢くなければなりません。まず、子どもとの絆を結びましょう。赤ちゃんを慈しみ、安心させる対象となることから始めましょう。
ある人物に敬意を示すためには、その人物との間に信頼関係がなければなりません。一旦、あなたの子どもが、あなたを自分の必要を満たしてくれる人物として信用したなら、リミット(制限)を示してくれる人としても信用することでしょう。
私は、ある日、親としての威厳を持ち、自信に満ちた様子の母親になぜ、そのように自信が持てるのかと尋ねたことがありました。彼女は「自分の子どもを、よく知っているからこそ自信が持てるのです。」と答えました。彼女は子どものことを理解しているので、賢く子どもを導くことができ、子どもも素直に自分の言うことに従うということを知っているのです。
多くの親は管理する立場にあるということに戸惑います。尊敬に価する賢い人物は、直接子どもを管理するのではなく、子ども自身が自分をコントロールすることを学びやすくするために、状況をコントロールすることを考えます。それに対し、子ども達は恐れや反抗ではなく、信頼と敬意をもって応えるのです。
第4箇条 リミットを設ける。秩序ある環境作り
規則を作る際、同時に子どもがその規則を守りやすいような状況を作ってやることが大切です。子どもは「ここまでならやって良い。これ以上はやってはいけない。」というようなリミットを必要とします。もし、子どもが、その行動に何のリミットも与えられなかったとしたら、無事成長することはできません。親も、子どもに何でも無制限に許していたら、たまらないはずです。子どものいる環境をうまくコントロールしてやることは親としての勤めです。賢明なリミットを設け、秩序を作ってやることです。それはそのような制限に従いやすいような家庭の雰囲気を作ることです。
たとえば、よちよち歩きを始めたばかりの子どもに対して「リミットを設ける」ということは、探索好きの子どもが危険なことに手を出してしまいそうな時に「NO」と言うことです。子どもがその規則に従いやすくしてやる「秩序ある環境作り」ということにおいては、好奇心旺盛なこの時期の子が安全に遊んだり学んだりできる環境を家の中に整えてやることです。
第5箇条 従うことと親の期待
子どもは、親が期待するのと同じ程度に従順になり、親が許すのと同じ程度に反抗的になります。聞き分けの良い子どもを持った親たちに「なぜ、あなたの子ども達は聞き分けが良いのですか?」と尋ねると全ての親達が「それは私達が子ども達にそうすることを期待するからです。」と答えます。非常に単純なことですが、多くの親はこの躾の基本的な事実をなおざりにしています。そういう親に限って「忙し過ぎるから、うちの子は頑固だから。そういう年だから。」と言い訳をします。
幼ない子どもは、親が教えてやるまで、どんな行動が適切なのか、または不適切なのかがわかりません。ある夜、私達はレストランで2組の家族がまったく同じような躾の場面において2つの違った方法を取っているところに遭遇しました。
2歳半位の子がブース・シートに何度も登ろうとしていました。それが、近くの席に座っていた人の迷惑になる段になって、初めて親が弱々しく「やめなさい。」と言いましたが、そんなことで子どもは全く止めようとしません。この子どもが椅子の背もたれによじ登ることが不適切な行動であるということを、全く理解していないのは明らかでした。ここで子どもが親から受け取ったメッセージは「登ってほしくないけど、登ったとしてもお父さんもお母さんも何もしませんよ。」というものでした。
もう一組の家族の2歳半位の子どもは親から違うメッセージを受け取り、違う行動を示しました。親は父親の横に子どもを座らせ、頻繁に子どもに注意を向けていました。そして家族の会話に子どもを入れるようにしていました。幼児が椅子の背もたれによじ登ろうとするやいなや、父親は息子の方向を変え、静かに自分のシーとに戻していました。子どもの気を楽しく紛らわしてやることと、子どもを尊重しつつ行われた制止の、うまいコンビネーションによって、ブースの背もたれによじ登ることは隣の人の迷惑になるので、登ってはいけないという親のメッセージを伝えていました。子どもは、シートに登る行為は、適切ではないというメッセージを受け取ったのです。こうして子どもの記憶庫に納められた経験は、次にレストランに行ってシートに登ろうとした時に、引き出されることでしょう。
2番目の家族の親は子どもの行動を管理していましたか?答えはYesですが、適切な方法で行っていました。子どもが従うように無理やり親の意志を押し付ける場合は、それは管理する権利を乱用していることになり、親子関係を損なうことになります。子どもが従うことを強調し、子どもの自制心を養う手助けをする場合、あなたは子どもに対する親としての力を正しい方法で使っているのです。覚えておいて欲しいことは、子どもは親にリミットを設けてほしいのです。そうでないと自分自身の心が手におえなくなる、制御しきれなくなると感じるからです。子どもは、親がどこまでリミットを守るかを試し続けます。そしてもし、あなたがそのリミットを守らなければ、子どもは誰も自分を抑制するだけの力がないと思い不安になります。子どもにとって、それは恐ろしいことなのです。
第6箇条 子供の模範となることが躾です
模範とは子どもが真似する例となるものです。成長期の子どもの心はスポンジのように人生の経験を吸いとって行きます。子どもの心は、目や耳にしたもの全てをとらえるビデオカメラのようなものであり、それを心の引き出しに後で引き出せるように、しまっておくのです。特に子どもの人生の中の重要人物によって頻繁に繰り返されたイメージは、子どもの心にしっかりと記憶され子ども自身の人格の一部となります。ですので、子どもが吸収すべき良い材料を提供することが親としての勤めの一つとなります。
「でも、私は完璧な人物じゃないから。」と言う声が聞こえそうですね。もちろんです。完璧な親なんていません。この章を書いている最中にも、妻のマーサと私は「わたし達はこんなにたくさんのことを知っているけれども、いまだに間違いをおかすね。」と言うこともしばしばです。実際、親も子どもも達成不可能な完璧なゴールを模範とすることは不健康なことです。多くの子どもは、完璧にゴールは却って子どもをだめにしてしまいます。子どもは、完璧なゴールのために、しょっちゅう失敗したり激しく叱責されるのではなく、正当な評価を受けることが大切なのです。
もし親が、まるで習慣のように怒っていたら、その怒りは子ども自身の一部となってしまいます。子どもは、これが人生への対処法だと学ぶんでしまうのです。もし親が、時には、くどくどと怒ることもあるけれでも、幸福で誠実であることを模範として示すなら、子どもは健康的な模範例を見ることになります。つまり、人は基本的には幸福であるということ、時には困難なことがあり怒ることもあるけれでも事態を処理した後は、再び幸福な状態に戻るということを学ぶのです。
親である皆さん。あなたがたは、子どもが出会う最初の人物です。そして最初に慈しんでやる人であり、最初の権威ある人であり、最初の遊び相手であり、最初の男性、女性なのです。子どもは、あなたから敬意に価するとはどういうことかを学び、友達との遊び方を学び、男女のアイデンティティーを学ぶのです。あなたの一部が子どもの一部になるのです。そうです。多くの子どもの行動は大体が親から引き継いだものなのです。「ウチの子は、随分、私達親とは違う。」と言うコメントをよく耳にしますが、やはり、子どものほとんどの行動は、その模範である親の影響を受けているのです。
第7箇条 子供の自尊心を養う
ポジティブ(肯定的)な自己イメージを持ちながら成長する子どもは、そうでない子どもよりも躾やすいといえます。自分を価値ある人間だと思っているので、ふるまいも自ずと価値あるものとなります。時には曲がった道に行きそうになる気持ちを抑え、正しくあろうとする気持ちを維持することができます。このような子供は、たとえ間違った行いをしたとしても、あまり罰せられることなく、より早く元の正しい道へと戻ってきます。
しかし貧弱な自己イメージしか持っていない子供は、自分自身に対して自信もなく、正しい行いができません。その親は子どもを信頼しないため、子どもも自分自身を信じることができません。誰も、その子に良い行いを期待しないので、良い行動を取ろうとはしません。このようにして悪いサイクルが始まります。つまり間違った行動を取れば取るほど、罰せられることも増え、それが子供の怒りを増幅させ、自己イメージはさらに低くなり、さらに悪い行いへと走るのです。
私達が最初から子どもの心の中にある善良なるものをさらに伸ばすことに躾の焦点を当てるというアプローチを取るのはこういうわけです。人生を通して、子どもは、自己の存在価値を高めてくれる様々な人や出来事、その反対に自己の存在価値を削り取ってしまうような様々な人や出来事に出会い続けることでしょう。私達は、前者を“builders(建設者)”と呼び、後者を“breaker(破壊者)”と呼びます。私達は皆さんが、子どもが破壊者よりも、より多くの建設者に出会えるような環境を作る手助けをするとともに、もちろん皆さん自身も建設者になる手助けをしたいと思っています。
第8箇条.
子どもの行動を形づくるもの
賢い親というのは、自分の庭にあるものを大切に育てるとともに、庭にどんな植物を植えたらいいのかを決めるガーデン・コーディネーターのようなものです。ガーデン・コーディネーターは、花がいつ開花し、どんな香りを放ち、どんな色の花をつけるか、などという花の特徴自体をコントロールすることはできないことを知っていますが、他の植物を植えることによって色を沿え、いかに庭を美しくするかを心得ています。
全ての子どもの行動には花もあり雑草もあります。時には花があまりに美しく咲くために雑草に気づかないことさえあります。でも時には、雑草が花壇を乗っ取ってしまうこともあります。ガーデン・コーディネーターは花に水をやり、まっすぐに育つように添え木をし、花が最大限に開花するように剪定し、除草を怠りません。
子どもは、どのように育てられるかによって、美しく開花もすれば、雑草として取り除かれてしまうような行動的特徴を持って生まれます。たとえ生まれ持った特徴でなくとも植え付けられ、立派に育つこともあります。これら全てのことが、子どもの性格形成に関わってくるのです。親としてのガーデニングの道具は、私達がシェーパー(形を作るもの)と呼ぶテクニックです。それは、昔から多くの親が使ってきて、うまくいくことが保証済みの毎日の様々な状況において子どもの行動を向上させる方法なのです。これらのシェ-パーは、あなたの子どもの向上を妨げている行動を取り除き、子どもの成長を助ける資質を養い育てるのです。
子どもの行動を形成するのに最も大切なのは「原因と結果」です。(例えば、もしビリーの部屋が汚いなら「片付けるまで外で遊んではいけません。」と母親がいうことです。)やがて、子どもはこのようなシェ−パーを自分の中に取り入れ、自らの「原因と結果」というシステムを発展させ、自分の行動の結果の責任を取ることを学びます。(部屋が汚いと、遊んでいても楽しくないから、片付けた方がいい。)というように自分自身の行動を片付けすることを学ぶのです。
それぞれの発達の段階において、あなたの小さな庭が必要とするものによって、形付けをする道具は変化します。後の「躾の章」で、子どもの行動を親が自信を持っていかに形付けするか、子どもの性格が子ども自らの利益となるように働き、庭という生命体に貢献する、より好ましい人間になるかのアドバイスをしましょう。
第9箇条 深慮できる子どもに育てる
道徳心のある子どもとは、責任感や良心があること、そして他人のニーズや権利に対し敏感であるということです。道徳心のある子どもは正悪の判断を下すことができ、それが自らの幸福感にもつながっています。そのような子どもは心の中で「正しい行いをすると気分がいい。間違った行いをすると気分が悪い。」ということを知っています。
道徳心のある子どもの基礎は、自分のとった行動がどのように他人に影響を与えるかを予期し、実際の行動に移す前に考慮できる能力を持ち合わせるとともに、自分に対しても他人に対しても配慮ができることです。他人の権利と感情に共感し考慮することのできる能力の伸ばしてやれば、それは将来子どもにとって最も役立つ社会的技術となります。子ども達は彼ら自身に共感を持って接してくれる人から、共感するということを学びます。良き市民を育てる最善の方法の一つは感受性の豊かな子ども達を育てることなのです。
他人や物事に対する責任感を教えることに加え、自分自身に対して責任を取ることも教えましょう。親が子どもに与えることのできる最も価値ある道具は賢い選択をする能力です。子どもが常に、これからやろうとしていることをよく考える、そういった安全確認システムを子どもの心に育てておいてあげたいものです。小さな物事において自分の行動の責任をとることを学ぶことによって、より重大な結果を招く物事において正しい選択をする準備ができるのです。深く考えることのできる子どもを育てることが私達の願いです。
第10箇条(最終章) 話すことと聞くこと
親の言うことに耳を貸さないような子にならないよう、子どもとよくコミュニケーションをとりましょう。躾上手な人は、子どもとコミュニケーションをとることに優れています。同じ指示を与えるにしても、より子どもの気持ちを考慮した言葉を選べば、子どもは反抗せず、素直に従うでしょう。躾上手な人は、閉じた子どもの心の開きかたを知っています。そして子どもの気持ちを尊重して話すという黄金の法則を心得ているです。
いかに子どもと話をするかを学ぶことと同じ位大切なことが、いかに子どもの話を聞くかです。子どもの視点を重んじているということを子どもに知らせることは、子どもの心を勝ち取るためになくなてならないものです。子どもに対する責任を負っているということイコール、子どもをけなしてもいいということではないのです。
今までにあげてきた全ての躾のポイントは、互いに補強し合うものです。もし子どもとあなたの心が通じておらず、子どものことを知らなければ、威厳を持ち、良き手本となり、子ども行動を形作り、子どもが素直に従えるような親になることはできません。もしかしたら、あなたは子どもの行動を形作るための理論は知っているかもしれませんが、実際に子どもとコミュニケートできなければそれは無用の長物です。そしてたとえば子どもとの密接な関係を築いていたとしても、もしあなたが、子どもは親の言うことに従うべきだという期待を子どもに伝えることができなければ、きちんと躾けることはできないのです。
今までに紹介した10の躾け方は、躾けのために土台を形作る一つ一つのレンガのようなものです。全てを積み重ねて、初めて今、あなたに喜びを与えてくれている子どもを、そして将来あなたが誇りに思う子どもを育てる青写真ができるのです。