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執筆者:中島和子先生(トロント大学教授)

中島和子先生は、バイリンガル教育の先進国といわれるカナダ在住のトロント大学教授で、長年バイリンガル教育とアイデンティティーの問題の研究に取り組んでこられ、アメリカの各地の日本人学校でも講演者として引っ張りだこ。バイリンガルに関する多くの論文も発表されております。

 

幼児と外国語学習
ー保育園・幼稚園・プレスクールをどう選ぶかー

中島和子(トロント大学教授)

■はじめに 

幼児のための教育というとこれまで親のチョイスはほとんどなく、海外なら現地語のプレスクール、国内なら日本語の保育園・幼稚園とほぼ決まっていたものです。ところが最近、海外でも日本語の保育園・幼稚園が増えましたし、また日本でも英語の保育園やプレスクールが盛んになりつつあります。こういう選択肢のある環境では、親はどうすればいいのでしょうか。今回はバイリンガルの基礎づくりという観点から、幼児と外国語学習という問題をとりあげ、それとの関連で親の賢い教育機関の選び方について考えてみたいと思います。

 「海外なんだから日本語が育たないの当り前よね。仕方がないわよね」と始めから諦めてしまう親御さんもいます。また「うちは国際結婚だから日本語できないの当り前」とおっしゃるお母さんもいます。けれどもどちらのケースでも、私から見ると「いえ、そんなことありませんよ。日本語は育てるものですよ」と声を大にして言いたくなります。もちろん海外だから日本語が育ちにくいということはあります。しかし、教師の力を借りて親が頑張れば、幼児の日本語は海外でも十分育ちますし、家庭の中に片親だけでも日本語話者がいれば、それが母親であれ父親であれ、日本語は「育てるもの」、「育てられるもの」と思って間違いないでしょう。

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中島 和子【著】\2,500(税別)アルク

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本書は、日本でバイリンガルを育てるために必要だと思われる基本的な概念と実践例をまとめたものである。

一貫してバイリンガルの問題を個々の子どものことばの発達を中心に、語学教師の立場から扱い、幼児、小学生、中学の初めまで、つまりバイリンガルの形成期の家庭と教育機関の在り方の問題に絞った。


 実は、親の日本語力をリソースとしたバイリンガルやトライリンガルの基礎づくりで、賢い保育園・幼稚園・プレスクールの選択は非常に大事です。家庭から一歩を踏み出し、新しい仲間集団の一員となることは幼児にとっては大きなジャンプです。このジャンプを子どもに一番プラスになる環境でやらせたいものです。そこで失敗すると、学齢期全体、ひいては一生尾を引くマイナスの結果になりかねません。また小学校生活への大事な準備でもあるので、小学校教育との関連も十分考慮に入れて、賢い選択をする必要があります。

■海外の場合

 まず海外の場合ですが、英語が主要言語である英語圏の場合を考えてみましょう。インターネットによるネットワーク時代を迎えて、英語がいよいよ世界的規模で猛威をふるうようになりましたね。こういう環境では、友達仲間や教師が使う英語に引っぱられて、子ども自身が日本語を使うのを嫌がり、母語を喪失する危機にさらされます。子どもの母語がマイノリティー言語である場合、だいたい5歳ぐらいまでに英語に置換され、日本人の子どもでも親が家で日本語で話しかけても子どもは英語で応答するというのが普通のパターンです。これを阻止するには個々の家庭の親の努力に加えて、どうしても母語保護のための幼児教育が必要です。とにかく海外は日本語が育ちにくい環境ですから、もし日本語での幼児教育が可能であれば、それは文句なしに日本語の保育園、幼稚園を選択され、日本語の基礎を強めることが大切でしょう。最近は海外でも日本人の多いところには日本語の保育園・幼稚園が出来ています。毎日通園できるところもありますし、また補習校のように週末一日だけというところもあります。このような教育機関を利用して、もし話しことばが固まる8歳ぐらいまで日本語の会話力をなんとか持ちこたえることができれば、あとは日本語が消えてしまう心配がなくなりますし、また会話力を基礎に日本語の読み書きの力も伸ばすことができます。
 
 この場合、どうせ将来英語の小学校に行かせるのだから、なるべく早く英語に慣れさせた方がよい、だから英語の保育園や幼稚園の方がよいと判断される親御さんもいます。最近は海外でも日本国内の幼児英語熱のあおりもあって、英語の方に関心を持つ親が増えているようです。ここで私が強調しておきたいのは、英語に早く慣れさせるよりも、日本語の基礎をしっかり作っておいた方が、お子さんの英語力の伸びがよく、しかもその質が高くなるということです。もちろん英語に慣れるまである程度時間がかかります。でもいったんハードルを越えると、すでに一つのことばがしっかりしている子どもの英語の方がどんどん進歩していきます。逆に英語の伸びが悪いのは、幼児期に海外に出て、英語環境にどっぷり浸けられてしまったお子さんたちです。どちらのことばも未発達というダブルパンチの状況の中で、読み書きの基礎を習得しなければなりませんし、現地校生活も始めなければならないからです。

 「子どもが幼稚園に行くようになったら、私も英語クラスに通えるし仕事も出来る!」と楽しみにしているお母さんもいますね。いや、むしろ親の希望が先行し、幼児を毎日長時間現地の託児所に預けるという人もいます。生活苦のため仕方なくという場合は別として、異言語環境に幼い子どもを長時間突っ込むとせっかく伸びかけていた母語の芽がつまれてしまうことがよくあります。突如全くことばが通じない保育園に長時間入れられると、今まで理解できたことが分からない、通じていたことばがだれにも分かってもらえない状況になるのですから、幼児にとってはまさに晴天の霹靂、健聴児が難聴児になったようなものです。このような状況では、だんだんに育ってきた、気持ちや考えを伝える道具としてのことば、自分の世界を広げるためのツールとしてのことばの発達が一時ストップするのはむしろ当然のことでしょう。

■国内の場合

 次は国内です。日本では小学校英語教育導入のあおりでしょうか、水泳や音楽教育と並んで、英語の保育園、英語のプレスクールが盛んになりつつあります。最近日経新聞に赤ちゃん用品メーカーのピジョンが経営する、外国人スタッフ(英語母語話者)がいる保育・託児施設「キッズワールの緑地公園」の記事が載っていました。関東にすでに21箇所、今回関西に進出。幼児の創造性を引き出す米国式のカリキュラムで、歌や遊びで英会話に親しむそうです。これらはまだ日本語のプログラムの中にESLが加わったという形ですが、もっと本格的な英語のトータル・イマージョンのプレスクールが始まるという話しも聞いています。

 ある企画書によりますと、まず3歳児から一切英語だけ、教える先生は英語圏からリクルートした英語母語話者、カリキュラムもすべて英語圏のもの、入園当初からフォニックスを使って読み書きを教えて、卒園時には小学校一年生ぐらいの英語の読み書きの力を期待しているそうです。在園時間内は学習を中心とし、遊びと日本語・日本文化は家庭の責任ということでした。しかも、プレスクールにいる間は一切日本語使用は禁止されるということです。こうなると英語の接触量と質が異なりますが、結局は、どちらの言葉も不充分で英語と日本語をごったまぜにミックスして話すような子を造らないようにと願うばかりです。

■幼児時代の先取りは禁物

 ニューヨーク在住の幼児教育専門家の話しでは、三歳児はまず我慢する、順番を待つ、先生の指示に従うことを学ぶのが勢一杯で、どうしてそうしなければならないかというところまで理解できないそうです。4歳半ごろから絵や画像を通して想像力が膨らむこともあって、このころの絵が一番面白いそうです。しかし、まだことばがついていかない時代に、無理して文字の世界に引っぱり込むと、子どもの関心が文字の方に行ってしまい、肝心の想像性が伸び悩むそうです。しかし、5、6歳になるとぐっとことばの理解力や分析力が発達して語呂合わせなどの言葉遊びを楽しむようになり、忘れないようにと文字も積極的取り込むようになるそうです。このように子どもは年齢相応のことばの発達過程があり、そこを先取りしようとすると、失うものが大きいとのことでした。特に多言語環境で育つ子どもの場合は、どの言語にも十分な時間が与えられずに2言語を同時に伸ばすという環境ですので、少なくとも幼児時代にはじっくりと一つの言語(国際結婚の家庭では二つのことば)と取り組み、ことばを使って伝える力、考える力、人とうまくやっていく共生力などを養うことが何よりも大切でしょう。

■家庭と学校のミスマッチ

 米国では英語以外のことばを母語とするマイノリティーの子どもたちの学業不振が長らく問題視され、その原因が家庭と学校とのミスマッチだと言われてきました。つまり、家庭のことばと文化、学校のことばと文化が違うということが子どもの学習にマイナスの影響を与えるということです。しかし、最近は家庭と学校とのミスマッチそのものに問題があるのではなく、母語の基礎が出来ていないところに現地語での学習を押し付けるから学業不振に陥るのだと考えられています。その証拠というわけではありませんが、バイリンガル教育の先進国であるカナダでは、家でフランス語を全く使っていない子どもたちに、学校でフランス語と英語を計画的に使って勉強させることによって、小学校が終わるころまでに英語も仏語もネーティブ・スピーカーティに近いところまで伸ばすというフランス語のイマージョン教育が公立の小学校で全国的に行われています。英語が社会の主要言語ですから、学校でフランス語である程度勉強しても英語は十分伸びますし、学力も劣ることなく、また帰属意識もゆらぐこともないようです。むしろ英語の読解力などが英語のモノリンガルよりも高度に発達する場合が多いようです。これなどは、家庭と学校のミスマッチを逆手にとったバイリンガル育成の成功例です。

 日本の場合はどうでしょうか。日本では日本語が圧倒的に強いことばですから、学校の中である程度英語を使って勉強しても、日本人としての意識がくずれたり、学力が落ちるということはなさそうです。むしろ英語力が高度に発達することによって、質の高い異文化体験ができるようになりますから、複視眼的人材を育てるには非常にいいことだと私は思います。しかし、子どもを日本語がまだしっかりしていない幼児を託児所・保育園・プレスクールなどに入れて「英語漬け」にするのは大間違いです。カナダのフランス語イマージョン教育も3歳児、4歳児はしっかりと母語で、5、6歳児からフランス語でというのが定石です。しかも、初めフランス語を使うのは教師だけで、子どもはぜったいに強制させられることはなく、潜伏期間が十分与えられ、実際に子どもが自からフランス語を話し始めるのは普通一年生の半ばぐらいだということです。一つの言語がしっかりしてからもう一つを加える、つまり、3歳児、4歳児の場合はなるべく家庭と同じ言語環境で、5、6歳になってからだんだんに外国語環境にというのが無難な選択でしょう。

■望ましいダブル・イマージョンの小学校

 英語トータルイマージョンのプレスクールの卒園児などが、日本の小学校に上がったらどうなるのでしょうか。子どもたちは当然、人為的につくられたプレスクールの英語環境と日本の小学校のミスマッチに苦しむことになるでしょう。教師たちがこのような国内の英語環境で育った子どもを理解するはずがありませんから、当然一方的に日本の学校のやり方を押し付けてくるでしょう。子どもたちは先生の期待、日本人の子どもの行動パターンの違いに戸惑い、学校生活でなかなか仲間入りできないという深刻な事態になるのではないかと思います。

 もし幼児のための英語イマージョンを始めるなら、当然英語と日本語の両方のことばを学習言語として使う小学校が必要になりますね。残念なことに現行の日本のインターナショナルスクールや国際学校では英語のみを学習言語として使っており、英語と日本語両方を対等の立場で学習言語とする「2重イマージョン」の学校がほとんどありません。このような両方のことばで学習する学校があれば、日本語を母語とする日本人の子どもも、英語を母語とする非日本人の子どもも、同等の立場で学習できますし、また海外から帰国した子どもたちも年齢相応の教科学習を英語で続けることが可能になります。

■ことばの弱い子どもとバイリンガル環境

 「うちの子どもはことばは奥手ですけど、フレンチ・イマージョンに入れても大丈夫でしょうか」と聞かれることがよくあります。「そうですね。お子さん次第ですね」と答えることにしていますが、子ども自身が深刻なことばの問題を抱えていることがあります。なかなか素人には分かりにくいことですので、なるべくschool psychologistなどの専門家に診断してもらう方がよいでしょう。ニューヨークで活躍していらっしゃるあるschool psychologistの話しでは、例えば、話し始めるのが非常に遅かった、音声を出すのに問題があった、対話でピントが合わない、短略的に一語でしか答えられない、文字を覚えるのが非常に遅かった、などが主な症状だそうです。このようなお子さんの場合は、もしチョイスがあるならば、なるべく身近かな日本語でことばそのものの力を強める、モノリンガル環境の方を選ばれる方がよいでしょう。

 お子さんのことばの問題は、言うまでもなく家庭の言語環境と密接な関係があります。親子の対話がないとか一日中テレビの前に座らせられているとか、家庭の言語環境が極端に貧しいため伸びるはずの母語が伸びないケースがよくあります。また父親が暴力を振るうため息子が恐れて口を開かない、ことばを一切発しないという深刻な事態もあります。お子さんをバイリンガルに育てたいと思ったら、まず家の中に豊かな言語環境を作ることが何よりも大事です。親自身が生き生きとことばを使うこと、親子の豊かな対話があること、そして毎日、本の読み聞かせをすることです。これらは一言語であっても二言語であっても同じで、国際結婚の家庭の場合は豊かな2言語環境を作り、本の読み聞かせなどもそれぞれ親の母語でするとよいでしょう。一つ以上のことばで話しができるバイリンガルを越えて、両方のことばで読み書きまでできるバイリテラルの基礎づくりになると思います。