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なかよし会のあゆみを、ふりかえって

なかよし会日本支部代表
なかよし会設立メンバー
(臨床心理士)
小田原恵

1.       在英邦人育児支援ネットワーク「なかよし会」設立のいきさつ

 1989年、夫の英国赴任に伴い、3ヶ月の乳飲み子を抱えて渡英、ロンドンに暮らして1年半、はじめての海外生活、はじめての子育てに孤軍奮闘する日々もようやく落ち着き始めた頃、1歳の娘が寝静まるのを待って、私は和英辞典を片手に、ほとばしる気持ちをペンに託したのです。

宛先は当時NCT(National Childbirth Tryst)の渉外を務めていたKay Wong (Kay Laurie)さん。NCTをモデルにした『日英親善クループ』を日本人母子のためにつくろうと、呼びかけてくれていたのです。

「わたしは、1年前に渡英した、14ヶ月の女児の母です。日本では、クリニカルサイコロジストとして、主に、乳幼児とそのお母さん対象にカウンセリングを中心として、5年ほど仕事をしてきました。障害や情緒的問題を持つ子供と育児不安に悩むお母さんのグループをやっていたこともあります。

 今、私自身が母乳育児の真っ際中で、海外で子育てすることの難しさを実感しています。

 この度、あなたが、私共日本人母子のために、子育てネットワークを作ってくれると聞きました。私も、かねてより海外でのセルフサポートグループの必要性を痛感していました。あなたの素晴らしい発想と行動力に敬意を表します。そして、御親切に心から感謝します。つきましては、私も何らかのお役に立ちたいと思い、ペンを執った次第です。御連絡お待ちしています。 」

 妊娠出産期は一精神病の罹患率が最も高い時期であり、3歳以下の子供を抱えるお母さんが孤立無縁の状態におかれた時、いつノイローゼになっても、おかしくはない。これは、乳幼児の心理臨床に携わる専門家の間では、常識です。

ただでさえ大変な人生の一大事業を身内の助っ人もない、海外でやろうというのですから、新来ママの負担は相当なものです。在英邦人4万とも5万ともいわれる中、その大部分を占めるロンドン企業駐在員この大部分が、この出産、子育ての適齢期にあたっています。大規模な日本人コミュニテイーの中には、駐在企業によってつくられた数々の団体あれど、妊産婦や子育て中の母子のための会というのは、それまで皆無だったのですから、不思議です。それというのも、多くの駐在員婦人の会合は、大人と子供の世界を明確に分ける英国式に習って、原則子供なし、が暗黙の了解のようになっているからなのです。会杜の婦人会なる、年2回ほどのパーティー、はたまたバザーの準備に至っては、ベビーシッターを頼むのが不文律のようです。日本国内での育児のように、身内や旧知の友人の手助けが望めない分、日本人同志、殊に会社の同僚の妻同士の助け合いぶりは徹底しているのですが、その輸の外にいる母子、自宅周囲に同僚はおろか、日本人さえいない邦人母も少なくないのです。どんなに英語が達者な人でも、こころの壁、行間といった微妙なニュアンスまで何不自由なく伝えられる日本人は希でしょう。在英邦人母子のこころのよりどころとなるであろう自助グループを、英国人であるケイさんがたちあげようとしてくれているのだと思うと、同好の士に、一日も早く会いたくなったのでした。

「Breast Feeding Counsellor母乳育児相談員にならない?」ほどなくケイさんその人から電話がありました。ロンドンの日系企業で働いた経験を持つ彼女は、或企業駐在員妻の育児ノイローゼから自殺に至った悲しい事件に心を痛めていたのでした。「ことばの不自由な外国で、ハズバンドは夜中まで働き、○O会杜の奥さんと呼ばれて窮屈な思いをしながら子供を産み、育てるなんて、私でもどうにかなってしまうと思う。母国語で身近なことから相談できる専門家が会の中にいることが、大切だと思ったの。」ケイさんの言葉に「我が意を得たり」。翌日には早速、彼女と2人連れ立って、訪問相談に出向いていました。

199010月、ケイさんの呼びかけに応えて、日本人コミュニテイーのあるフィンチリーのチャーチホールを借りて第一回オープンハウスが開かれました。25組の日本人母子と英国人3人、私もそこに参加し、NCTの会員になりました。お茶のサービスに走り回る岡田さんと、お母さん一人一人に、にこやかに挨拶して周るケイさんをよそに、「これから何が始まるの?」「何もまとまったことをしてくれないみたい」といって、中座してしまう人さえ見かけました。私はそこに「おたまじゃくし」族(平均的任期が3年と限定されていることを理由に、「もうかえる、もうかえる」と、いつまでも観光客気分でいる駐在員)の生態を見た気がしました。会はつくったけれど、日本人側のスタッフになろうという人がいなかったのです。

 この「日英親善グループ」は、数ヶ月後には公募によって「なかよし会;The Japanese Friendship Group」と名前を変え、在英邦人の出産、育児サポートネットワークとして活動を広げていくこととなったのです。会員教は開設約2年後に160家族になりました。

 ちょうどその時期に岡田さんが帰国し、それから4年半私が会をあずかるようになってからは、会員が2年周期で入れ替わるにもかかわらず、コンスタントに約250名前後を保っています。これは、海外で子育てに奮闘するお母さんたちのニーズの高さの表れといえましょう。私は1990年から帰国するまでの約6年間、本会の設立、運営に取り組みました。又、母子治療や発達相談、療育指導等の経験に基づき、自主保育グループモーニングアクテイビテイーの設立と保育指導やカウンセリング、そして電話相談、機関誌や「マタニティパック」誌上での、育児に関する記事の連載と育児講座講師などを務めました。

 更に、スタッフ不足ということで、なかよし文庫やオープンハウスでの読み聞かせや歌、四季の伝統行事のデモンストレーションも担当し、ジャパーニーズチルドレンズデイでは、これらに着物の着付けのお役目も加わり、、、、今、こうして改めてふりかえってみて、我ながら、その自転車操業さながらの忙しさに驚いています。

 「細々とでもいい、子育ての灯だけは、絶やさないで!」祈るような気持ちで、なかよし会に心を残したまま英国をあとにして、早や4年、、、、。多くの仲問の賛同と協カを得て、10年前にまいた子育ての種が、豊かな実を結び、今もって大輪の花を咲かせ続けていてくれることを感謝しています。なぜなら、その蔭で、副会長はじめスタッフの皆さん自身が、幼な子を抱えながらも、進んで、自ら、水となり肥やしとなって、なかよし会の根っこの部分を支えてくれていることが実感できるからです。

 厚生省労働省母子衛生研究会等専門家の間でも、なかよし会は海外における在外邦人母子グループの中の稀に見る成功例として、専門性や内容の充実ぶりが高く評価されています。このように、子育て支援のさきがけであると目されているなかよし会が、今後も途切れることなく存続していくために、設立10周年という節目は、会の原点にたちかえる良い機会なのではないかと思われます。

 そこで、これから、スタッフの方々のご参考になりそうな会の活動目的と理念、そして運営上の問題点を鑑みることで、なかよし会の一層の発屡のために、おせっかいをやいてみたいと思います。

 2.なかよし会の目的と意義

  • 日本語による出産、育児情報の蓄積と発信源としての役割

  • 日英両国語表記による出産児手引書「マタニティ一ブック」の出版、

  • 機関誌と「なかよし通信」発行:機関誌発行に先だち全会員へのアンケート調査を実施し会員の二一ズの把握。

  • 「なかよし文庫」での育児書貸し出し

  • 講演会

  • 各種ミーテイング

 

目的2   「日本人母子の生の声を伝える」 

目的3   日本人母子の孤立化を防ぐ」子育て仲間の紹介は、異文化、異言語適応過程における不適応期間と度合いを軽減します。 

目的4   「出産、子育て機能のサポート化」これは、保育モデルの提供、育児相談、出産子育て仲間の提供、育児情報の提供を通じておこなわれます。

 目的5  「英国社会との交流」

 @ 放送大学視察団来訪日本人診療所、地域の保健所、病院、図書館等関係諸機関への刊行物の配布、

A ニューマムズミーテイング(妊産婦、新米ママ)の地域保健センターでの開催、英国人保健師の常駐

B「NCT;ナショナルチャイルドバーストラスト」との交流

会長ケイさん(現バーネット区医療福祉部長)を通じた英国行政への働きかけ、英国医療機関からの意向調査依頼

B 日本人診療所医師の医療相談や機関誌への連載。

E同診療所で妊娠が判明した場合、当会紹介と、刊行物の『マクニテイーブック』を推薦戴いている。

F母子衛生研究会等から意向調査依頼、同会及びNHK放送大学視察団来訪

 @ 非会員も参加可能な「オープンハウス」

A「なかよし文庫」、「マタニティーミーティング」、「おっぱいの会」等ニーズ別の集まりB子供の年齢別、地域別に開催されるコーヒーミーティング、自主保育の会「モーニングアクティビティー(MA)」とその卒業生の会。

C会私書箱及ぴスタッフヘの問い合わせや、アンケート調査に応じて、近所の会員紹介。

 @ 子育て体験学習の揚である自主保育の会(MA)、なかよし文庫、オープンハウス等各種ミーテイングでの保育実演

A 講演会

B 専門家や先輩ママによる電話青児相談

C同会ボランテイアスタッフ(編集、ミーティングリーダー、渉外等)として、子供と共に社会参加できる場の提供。

 「なかよし文庫」(蔵書700)を地域図書館の一室で開催。会創設以来8年を通じて、恒例の年間行事となり、地元小学校の授業の一環となった、地域図書館との共催による、日本の児童文化紹介行事「ジャパニーズデイ」を初めとする同会の活動は、BBCや地方紙で紹介されている

 3.なかよし会の実践を通じて 

スタッフ不足は1990年、設立当初からの悩みです。これに「なにかの宗教?」とか「日本人だけで固まって」、「年会費£15もとって何に使うの?」「どこの会杜の奥さんがやってるの?」「外人に使われてる」といった心無い噂が追い討ちを駆け、スタッフになろうという協カ者も現れない。目本人のために奔走してくれているケイさんに、そんな情けない実態を相談するわけにもいかず、暗礁にのりあげている状況下、私ができることはなんだろう?

 まず、相談活動や、保育指導、ニュースレターへの育児関連の専門記事や育児体験談の寄稿など専門的なことで強カして、活動内容そのものの充実をはかることだと患いました。次に、スタッフ自身も理解していないと感じられた、上記のような在外邦人自助グループにおける活動目的や理念を明確にすることと、会の機構創りから着手しました。

具体的には、会則やパンフレットを作成する、会計報告を出すといった会の基盤をつくりました。更には、活動の主旨を明確に成文化した上で、内外のマスコミ及び英国領事館、日本クラブ、英国日本婦人会等の関係諸機関へ働きかけ、周囲の理解を得ることを始めることにしました。たとえ、その活動や動機が正当なものであったとしても、なんだかわけのわからない会では、スクッフさえも集まりません。会の理念を明確にすることと、しっかりとした組織づくり、地域杜会とのネットワークは、重要なことです。

 それと平行して、私の周りにいる知人の中から、ポランティア意職の高そうな人に、会の理念を理解してもらうよう務めました。そのためのオリエンテーションともいえる会の紹介は、スタッフ勧誘のためのお願いといったものだけでは、十分とはいえません。こちらの熱意は伝わるかもしれませんが、下手をすると押し付けになります。相手の持っている興味、特技を活かしていただける形で、そこに進んで力を発揮したいと思ってもらえるように、話をすすめていくことが、欠かせないでしょう。

 話を聞いていただき、納得ずくでボランティアスタッフになって下さった方々は、マタニティーパックの編集責任者、なかよし文庫の責任者、会計、副会長、電話相談員など会の根幹を担う強カなスタッフとなってくれました。

 とはいえ、ただでさえ忙しい育児期、スタッフになろうという人は、少ないもの。そこで私は、会員外の、子育ての先輩に御協力を呼びかけてみました。特技をいかして、賛助会員としてなかよし文庫の活動をサポートして下さったり、絵本選びのことや体験談を数年に亘って、寄稿してくださった方がいたこと、更には、あれから10年経った今でも、変わらずに、協カし続けて下さる方がいることには、感謝しています。

 更に、なかよし会が日本人のお母さんが内輪で盛り上がる閉じた会に終わらないために、なにか困ったことが起きた時、迅速に対処できるように、専門家とのパイプ作りも、進めました。中には賛助会員として電話相談の窓口を開いて下さる先生もいましたし、ニュースレターに寄稿いただくこともありました。

 これには、筆者が臨床心理士として、ロンドンでのタビストッククリック留学を通じてできたネットワークが役だったようです。幸いにも、英国、ロンドンは、精神分析の父フロイトが治療を展開した場所であり、力動精神医学のメッカです。その娘、「児童分析」のアンナフロイトの、アンナフロイトセンター、メラニークラインの流れを汲む、英国対象関係論学派の牙城であり、アタッチメントセオリーのポウルビー、最近では、ラステイン等錚々たる講師陣を抱え、世界中から留学生の集まるタビストッククリニックや、モーズレイ病院等に留学中の先生方のご理解とご賛同を得たのです。

 それと同時に看護師、保健師、助産婦、医師、教員、臨床心理士等、自助グループ活動の意義を自ずと理解しやすい職種の会員を発掘、勧誘することに務めました。社会的な活動に参加して、それぞれの能力をいかす場を持つことは、彼女達自身のメンタルヘルスを保つ鍵になることを、筆者自身、身をもって体験していたからです。

 会の組織化が進んでからは、入会時に申込用紙にボランティア参加希望の有無を記入する欄を設けることにはじまって、会報等での呼びかけ、会員アンケートを通じて、10名ほどの有志におんぶにだっこではなく全員参加型の活動をめざしてきました。しかしながら、機関誌の翻訳やワープロ、ミーティングの手伝い等、補助的な仕事をする人は集まれど、会の根幹に関わるスタッフはおいそれと見つかる状態ではなく、人材発掘と、適材適所への配置には相当なエネルギーと時問を要します。

幸いにも私は在英期間が6年半と長かったため、そのうちの5年半、会に関わっていることができました。その間に、新しいスタッフヘのオリエンテーションと引継ぎをすることも可能でした。しかしながら、その間に岡田さん(残愈なことに、設立2年たたずに、帰国)初め、スタッフの面々を何十人も見送らざるをえませんでした。やっと会の概要をつかんでもらい、活動の引継ぎを済ませたばかりで送別会、という人も少なくなかったのです。岡田さんの帰国と時を同じくしてケイさんもご家庭の事情で働きに出られ、(現バーネット区医療福祉部長)月に一回くらいしか活動に参加出来なくなり、実質的な運営責任はこちらに移りました。

 

4、会存続の問題点と対策

 このような性質を持つスタッフの入れ替わりが激しい会が存続していくためには、9つほどの要素が重要になってくると思われます。老婆心一まだ40前ですが…()一ながら、本会のますますの発展を願って、書き留めてみました。 

@「活動内容の充実」

なかよし会が立ちあがって半年ほどは、日本人のお母さんが集まって、お茶を欽む親睦会でした。個人的なお茶のみ会以外、赤ちゃん連れで参加できる、公の会さえも全く何もなかった当時としては、それだけでも十分意昧がありました。ところが現在は、小規模なグループが数々できていると伺っています。

 厚生労働省、専門家の追跡調査によれば、海外での邦人母子グループは、よく持って4年、つまり、リーダーの帰国とともに、自然消滅してしまうということです。比較的組織化されていたオラングのクリングも、現在は消減してしまったと聞きます。また、現在も継統中のバンコクすくすく会の創設者によると、なかよし会をモデルとして、組織化をはかり、現在は日本商工会の中の組織となっているということでした。

 なかよし会が10年の長きにわたって存続可能だった理由は、会の機構や理念がしっかりとできあがっており、充集した活動内容が継承されてきたことなのではないでしようか。

 

A「会の理念の明確化」

会の理念をわかりやすいかたちで、会員にむけて発信していくことを忘れてはならないでしょう。会のパンフレットを作製し、活動内容の羅列にとどまらないように、又、親しみやすく、会からのメッセージが伝わり、広く賛同の得られるものであるように、スタッフの意見をまとめながら筆者がつくったコピーは、「子供がいるからなにもできないのではなく、子供がいるからこそできる活動を!」でした。

子供を通じた「社会参加」や「自己実現」、「子育ては、仲間育て」であることを訴え続けてきました。

 

B会の機構創り

毎年定例行事となった、オープンハウスでの総会開催、会則の作製、各年ごとの見直しも大切ですが、スタッフミーテイングの定例開催と、そこに各ミーテイング担当者および一般会員の出席を促すことも、当時気をつけていたことです。又、それまで一名だった副会長(なかよし会の場合、会の顔は設立者であり、永住者で現地サイドとのパイプ役を務めるケイさんだが、彼女は仕事をもっているため、実質的なリーダーは副会長が務める)2名とし、過重な貢任と独断を避けるために、副会長、会報編集者、私書箱担当、渉外等による意思決定機関を設立し、月例会議を行い、スタッフ間の十分な意志疎通をはかるようつとめました。

C「ニュースレター編集会議の設立」

会員のニーズにあった記事にするため、また常に内容的に公正を期すチエック機関として欠かせないものとなっていました。

D「外部とのネットワーク創り」

E「大きなミーティングの会場は個人宅でなく、公的な場所(図書館等)を使用する」

1991年オープンした「なかよし文庫」は、当初貢任者の自宅で行われていました。しかし、利用者は数名と少なく、まず、絵本の数と種類を増やすこと、文庫担当スタッフを増やすことに力がそそがれました。しかし、月一回とはいえ、自宅を開放し、その度に何百冊という本を出し入れし、貸し出しまで行うことは、大変な負担です。後継者のなり手がないという相談を受けた私は、文庫の会場を地域図書館にすることを提案しました。

それまで、毎年のように地域図書館の依頼で日本の児童文化紹介行事を企画、協カしていた実績があつた経緯から、図書館側の担当者との交渉は難なく成立、1990年、「なかよし文庫」オープンデイでは、紙芝居や手遊び歌を担当、マスコミの取材を受けました。

 

F「1から6を成し遂げ、継承していくために」

少なくとも3年以上のまとまった期間、継続して会の求心力となり、会内外の賛同を集めることのできるキーパーソンが必要であるということです。そうはいっても、スタッフの入れ替わりが激しい現状において、それは容易なことではないでしょう。だからこそ、折に触れて会の歴史や理念について書いたものを、読み返し、新たに年譜等を作製するなどして、それまで蓄積してきたノウハウを存続させるための努力が必要となってきます。スタッフが順繰りに帰国するなかよし会では、帰国後は日本での新生活で手一杯となり、会とのかかわりがなくなってしまう人が9割以上を占めます。そういった現状の下、活動内容やネットワーク作りの歴史や実績の継承が難しく、ともすればその目的が形骸化してしまいがちであるといえます。人が変われば組織も変わり、その時々の会員のニーズと、スタッフの現状に見合ったカラーがでてきて然るべきなのですが、温故知新ではありませんが、現時点でのオリジナリテイーと、過去数年に多くの賛同と協カを得て培ってきたベースとのバランスのとれた会の方向づけが大切なのではないでしょうか。

 

G「財源の確保」

会の独自性、中立性を保つためにスポンサーなしで活動できるだけの資金づくりです。もう10年間も据え置かれている年会費£15だけでは、当初から常に不足気味でした。現在、スタッフの持ち出しに頼らずに活動を存続していくためにはマタニティーブック販売による収益がかかせないものとなっています。会費収入は会報、ニュースレターやなかよし通信の印刷、郵送、会場費に消えてしまいます。

 

H「現地にも開かれた会であること」

なかよし会が地域医療教育機関との連携をもち、その目的の一つが国際交流となっているのも、設立者、ケイさんの存在をぬきに語ることはできません。そして、これからは、会員の半数を占める、国際結婚したお母さん達の存在に期待しています。彼女たちは英国社会にしっかり根を張って生活しています。英語も堪能で、子供の敦育のために、母国語である日本的環境を望んでいるという動機付けの強さがあります。そしてなによりも、自発的です。ボランティアというのは、本来自発的な有志ということなのですから。今までも編集、私書箱の運営、新たなミーテイングのリーダーとして、大きな力となってくれています。すぐに帰国してしまう駐在員の母親たちと現地に根差した国際結婚のお母さんたちでは、生活環境や、生活観、教育観を始めとする価値基準にギャップがあることは否めませんが、同じ女性、海外で子育てする母親として手をつなぎ、なかよし会が、駐在員だけ、日本人だけの閉じた会にならない配慮は、常に必要ではないでしょうか。

 

以上、長々と書いてしまいましたが、この一文を読まれた会員の中から、ひとりでも多くの方が、この意義深い活動に主体的に参加され、会運営の一翼を担ってくださることを、願って結びといたします。