|



レポーター:元気ちゃんママ
アンゴラ共和国、ルアンダ県(首都)1年2ヶ月在住。お子さんは11ヶ月。
アンゴラは1975年の独立以来、27年にわたり内戦が続いてきました。内戦は2002年に終結し、現在は国家再建に取り組んでいます。(映画「ホテル・ルワンダ」の舞台になった国とは違います。)
|
<編集エピソード>この第二弾原稿の内容確認で元気ちゃんママさんにメールを送信すると「1週間停電していますので回復待ち。」との短いメッセージ。なんとすごい場所に住んでいらっしゃるのだと驚きました。停電はよくあることなのだそうです。新生児がいらっしゃるというのに大変なことと思います。停電エピソードに関しては、また別の機会に書いてくださるそうです。お楽しみに。 |
2.病院と医者は曜日と時間ごと
病院のシステムは日本とはちょっと違うので紹介します。おそらくこれも医者不足のためではないかと推察します。ある友人の話によると、こちらは医師の就職・開業にずいぶんと規制があるようでそれも医師不足の原因だろうと考えられています。
アンゴラは、各医者が各病院と半日割りの契約をしていて、医者は同じ市内でも3つから5つの病院で働いています。だから同じ病院でも曜日ごとに毎日先生が違います。一人の特定の先生にかかることにすると、その先生を追いかけて、曜日ごとに病院を変えなければなりません。
私を担当してくれた産婦人科の先生は、私が出産を希望したサグラダエスペランサ病院で月曜日と火曜日の午後のみ働いています。当然不安になるのは「もし水曜日とか木曜日とかに陣痛がはじまったらどうしよう。」しかし、先生に尋ねてみると、「携帯電話の番号を渡すから、陣痛が始まったり、何か緊急なことがあったら、いつでも電話してくださいと言われました。実際、陣痛は月曜でも火曜でもなく水曜日に始まり、先生の携帯電話に電話すると 病院の分娩室へ直接行くように指示をされ、先生はそこで待っていてくれました。ほかの病院で働いている日にちや時間でなくて本当によかったと思いますが、時に検診のとき、ほかの病院で手術あったからと言う理由で遅刻したりすることもあったので、その辺は融通を利かせてくれるものなのかもれません。当然診察室も複数の医者で共同で使用します。同じ病院でも水曜日や木曜日に行くと、いつも私の担当の先生が働いている病室でほかの産婦人科の先生が働いています。
これは小児科も同じです。うちの子の担当の先生はたまたま彼が生まれた日にサグラダエスペランサ病院で当直だったフランシスコ先生ですが、サグラダエスペランサ病院での先生の勤務時間は夕方の6時から8時までと遅いので、先生が2時から6時まで働いている別の病院へ、そこでつかまる水曜日と木曜日を狙って検診へ行きます。緊急のために、先生は自分が勤務している病院、曜日、時間の一覧表をくれましたが、4つの病院を掛け持っていて、しかも一日に3つを渡り歩く曜日もあるくらいです。幸いうちの子は一度も病気をしたことがないので、「今日はどこにいる???」とあわてて探すこともまだしたことがありませんが、やはりフランシスコ先生も携帯電話の番号を渡してくれました。
しかし、こうして先生たちが親切に自分の携帯電話の番号を教えてくれるのも、私立病院だからかもしれません。私たちはまだ公立病院へ行ったことがないので、多くのアンゴラの人たちが直面している医療事情と言うものは恥ずかしながら分からないのが現状です。一度血液検査で公立病院の中にある血液センターへ行ったことがありますが、やはり私立病院とは様子がずいぶん違いました。アンゴラは私立と言えども、中米の私立病院と比べると、かなり質素ですが、公立病院は更に違いました。最も驚いたことはちょっとした外のスペースに地方からの入院患者の家族の方々がひしめいてキャンプを張っていたことです。血液センターの場所を聞くと、「ずいぶん住んでいるから何でも病院のことなら聞いて!」と言わんばかりに親切に教えてくれましたが、一体どのくらいの期間こういった生活をしているのだろうと思うと改めてアフリカの状況を思うのでした。病院の向かいの通りの歩道に寝ている方たちも入院患者の家族だと言うことでした。医者の97%が首都の医療施設に勤務しているというデータがあるくらいですから、首都でないと受けられない治療がどんなにあることやら!そして更に、病院へもいけず、入院もできない人たちが沢山いるのですから。
日本政府は開発援助でベンゲラという地方都市に病院を作りましたが、平行してこういった医師不足(もちろん看護士も)の問題が解決されなければならないのだろうと思います。
予防接種情報
アンゴラの子供の予防接種スケジュールを紹介します。WHOの基準どおりだと思います。日本の基準で見ると驚きかもしれませんが、うちの子は特に今まで何か問題があったりしたことはありません。こちらのBCGは「はんこ注射」ではありません。DTPもDTAPではありません。
出生直後 BCG ポリオ(経口) B型肝炎
1ヶ月 B型肝炎
2ヶ月 ポリオ、 DTP Haemophilus
4ヶ月 ポリオ、 DTP Haemophilus
6ヶ月 ポリオ、 DTP Haemophilus B型肝炎
9ヶ月 麻疹、 黄熱病
18ヶ月 DTP ポリオ Haemophilus ツベルクリンテスト
4-6歳 ツベルクリン反応 麻疹 ポリオ、 DTP 風疹
小児科.産婦人科情報
Horton Pediatriaca という小児科の病院がお勧めです。医療費が高いので、保険に入っていればいいかと思います。私の周りの外国人の子供たちの多くがここにかかっているようです。英語やスペイン語が通じる医者もいますからポルトガル語ができない方にもいいと思います。
サグラダエスペランサという総合病院もあります。待ち時間が長いことが多く、子供の病気ならHortonのほうがいいかもしれません。アルバラーデ病院はサグラダエスペランサ病院と並んで進められる病院ですが、産婦人科に限っては待ち時間も長く、混雑もひどく、受付システムが紛らわしいので私はお勧めしません。
私はサグラダエスペランサで出産しました。比較的きちんとした新生児のケアーがある唯一の病院です(保育器など)。何人もの医師にかかってみましたが、なかなか納得がいかず、看護師さんたちにこっそり聞き込み調査をして推薦が多かったウクライナ人の産婦人科の医師に最終的にお願いしました。アンゴラ人の医師より自然分娩に理解がありました。サグラダエスペランサ病院での出産についてはまた後でご紹介します。

●現地の魅力は?
人々が赤ちゃんが大好きであること。赤ちゃんができて初めて、いい国だと思うようになりました。これまでもいろいろな国に住んできましたが、比較しても内戦直後の影響もあってか、外国人にはあまり住みやすい国ではありません。街の人々も私がこれまですんできた国に比べたら人懐っこさはあまりないほうかもしれないし、むしろ外国人(特に白人や中国人)に対する反発が強く感じられます。
●現地に越してきて戸惑ったことは?
停電が多く、一日おきに8時間ほど電気を切られます。各家庭に発電機を持つところが多です。。断水も週に2-3回あります。住宅環境もよくありません。物価も非常に高いです(普通に外食しても一人30-50ドル。立派なところへいったらもっとすると思います)。安心して利用できる公共の交通機関がありません。交通機関についてですが、上記の理由によってマイカーをもたなければ家に閉じ込められる生活を余儀なくされます。マイカーを持ったとしても自分で運転するにはかなりの覚悟がいるくらいすごい交通状況です。渋滞はもちろん、運転マナーが非常に悪く、信号無視などは当たり前に行われます。しかも、相手の信号無視でぶつかっても相手がアンゴラ人であれば、外国人の過失として警察で処理されますので十分ご注意ください。
|
【元気ちゃんママからのメッセージ】
住み慣れた中米を離れてまだ一度も来たことないアフリカ大陸、しかも回りに行ったことのある人も一人もいないアンゴラに来ることを決めたのは私の妊娠が2ヶ月に入ったころでした。本当は、友達も多く、勝手知ったるといった中米ならともかく、全く知らないところで出産・育児をするということが不安ではありましたが、一度は行ってみたいと思っていたアフリカだし、連れ合いにどうしてもその仕事をしたいと熱心に説得されたこともあり、5ヶ月の頃、思い切って一緒に来てしまいました。
来てしまってから、よかったと思うこともあり、また後悔することも山ほどあり。しかし幸いなことに沢山の温かい人々に囲まれて私たちの子供は元気に生まれてきてくれて、今は1歳になりました。ただ暮らすのでさえ、見るもの聞くものすべて新鮮なこの国で、出産・育児となればなおさらです。せっかくの機会だから、書き溜めておこうと思いました。
アンゴラは地図で見るとアフリカ大陸の左下のほうにある、旧ポルトガル植民地で、ポルトガル語のほかに彼らのもともとの言葉(キンブンド、ウンブンド、キコンゴ、ンゴヤ、などなど)が話されています。道路などの公共の場で写真を取っているところを警官に見つかると、刑法上問題はないのですが、警官という立場を利用してお小遣い稼ぎに罰金を取られるのであまり写真を紹介できないのが残念ですが、できるだけ生活のこともご紹介したいと思います。
|
1. アンゴラで生まれたこの子はアンゴラ人?
私たちがアンゴラに来た頃は、お腹も余り目立たず、妊婦だと気付かれることも少なかったのだけれど、さすがに7ヶ月に入ると道で野菜などを売っているおばちゃんたちから「妊婦さん、今日はいいパイナップルがあるよ」と声をかけられたり、いたずら盛りの男の子たちから「妊婦!」と声をかけられたりするようになりました。その頃からちょくちょく人に「ここで産むのか?」と聞かれるようになったのだけれど「そうだ」とこたえると決まって、100人中100人、とても嬉しそうに「じゃあ、そのこはアンゴラ人だ!」と言うのです。その人の収入・教育レベルなど問わず、本当に100%の人がそういうのです。しかも道ですれ違いざまに全く知らない人たちから「そのお腹にいるのはアンゴラ人だ」ともよく言われました。
これは、この子が生まれてからは更に頻繁になりました。臨月の頃まで大きなお腹を抱えて買い物などうろうろしていたものだから、急にパタッと現れなくなったとたん、私の代わりに買い物に出る連れ合いに「奥さんはどうした?もう生まれたか?」とよく行くスパーや肉屋、八百屋の店員さんや、通り道にある店や事務所に雇われているガードマン、妊娠中乗ったことがある(本人たちはそこまで覚えていないけれど)闇タクシー(一見普通の自家用車に見える闇タクシーしかないのでそれを利用していました。) の運転手にまで聞かれるようになり「生まれたよ!」とこたえると、「おめでとう、赤ちゃんはアンゴラ人だね!」と。もちろん出産後、入院中も看護士さんたちから「アンゴラで生まれた君はアンゴラ人だぞ」と繰り返し言われておりました。1ヶ月検診では、待合室に顔を出した担当の小児科医が私たちを見て、そこにいたほかの患者さんたち(20人ほどいたでしょうか)に「この子はアンゴラで生まれた初めての日本人だよ」なんて紹介したら、歓声が上がりみんな声をそろえて「じゃあその子はアンゴラ人だ!」。
アンゴラはほんの30年前までポルトガルの植民地だった国です。長い抗争のあと、1975年に独立を勝ち取りました。その当時の指導者は、独立後の1978年になくなっているのですが、独立の父と国中の尊敬の対象です(ちなみに独立の父生誕の日は国民の休日です)。この子がアンゴラ人でなければならないことを押し付けられているような感じもして、とりようによってはちょっと戸惑う感もありますが、彼らにとって「アンゴラ人であること」の意味は、私たちには想像しきれないものがあるに違いありません。それに、生まれてきたこの子のことをアンゴラ人だというのは、彼の誕生を喜んでくれて、歓迎してくれているということでもあると思って、私たちは喜んでいます。
ところで、こうして、沢山のアンゴラ人からアンゴラ人であると歓迎されたわけですが、面白いことに公式に政府からは認められません。それはアンゴラが血統主義を採っているからであって、いくらアンゴラで生まれても両親のどちらもアンゴラ人でない場合は、子供はアンゴラ国籍を取得できないというものです。「その子はアンゴラ人だね」、と言われるたびに、「いや、それがなれないんだよね、まあ、みんながそう言ってくれることが公式かどうかより大切だから言いのだけれど」なんて心の中で思いながら笑ってしまうのでした。
|